●7 DAYS LOVERS 12●


「塔矢ーーっ!!」

朝っぱら大声を出して進藤が走り回っている。

3回目の呼び声に耐えられなくなり、部屋を出た。

「うるさい!一体何時だと思ってるんだキミは!」

僕の姿を見た進藤が慌ててこっちに走ってきた。

「あー…なんだ客間にいたのかよ。びっくりしたぜ、目が覚めたらお前が横にいなくて…」

「キミのいびきがうるさすぎて眠れなかったんだよ」

「…ごめん」

思わず嘘をついてしまった。

でも本当のことなど言えるはずがない。

恥ずかしくてキミの隣りで寝れなかった――なんて。

「はぁ…」

気持ちを切り換えよう。

今日は大事な対局の日だ。




昨日は寝坊して朝食なんて食べる時間はなかったけど、今日はいつもより早く起きて気持ちのいい朝だ。

コーヒーを入れて進藤の前に置くと、パンをかじりながら新聞を読んでいた。

「食べるか読むかどっちかにしたら?」

「んー?うーん…」

返事がかなり曖昧だ。

テレビ欄を熱心に見ている。

進藤は昔から集中すると他の言葉は耳に入らないんだ。

僕の言葉までそうだと思うと―



ムカつく…



「進藤!」

「んー…?」

まだ読んでいる。

くそっ

新聞を一気に引っ張って取り上げた。

「何すんだオマ…」



ちゅ



進藤の言葉をキスで塞いでみた。

「え…?えぇ?!」

進藤が突然のことに嬉しそうに慌てている。

「どしたんだ?!お前急に…」

「進藤が僕を無視して新聞に夢中だったからだ!」

その言葉でますます笑顔になった。

「え?ヤキモチ?塔矢」

「違う!」

進藤の顔が近付いてきた。

「オレもしていい?」

「勝手にすれば?」

「んじゃお言葉に甘えて…」

優しく唇を合わせてきた…。

「…ん…っ…」

朝っぱらから何やってるんだ…僕は…。

そう思いながらも進藤のとろけるような唇がたまらなくて…どんどん深く合わせていった…。

「―…は…ぁ…」

気持ちいい…。

「昨日とずいぶん態度が違うじゃん…」

「べ、別に…僕は…」

赤くなった顔を背けた。

進藤がニコニコしてこっちを見ているのがすごく気まずい…。

やっぱりするんじゃなかった…。





あっという間に時間が過ぎて、僕達は昨日と同様棋院に向かった。

「え?お前今日大部屋じゃねぇの?」

「うん、5階」

今日は流水の間だ。

それだけでも今日の対局の重要さが分かる。

「んー…じゃあ今日は帰りまで会わねーかなぁ?」

「たぶんね…」

ちぇ…っと進藤が舌打ちする。

「じゃあ帰りどこかで待ち合わせするか?」

「そうだね…」

検討が長くならなかったらいいけど…。

今日の対局は棋譜が残るから、最後に結構検討するんだよな…。

「そこのカフェはどう?」

「いいよ。でも僕結構遅くなるよ…?」

「分かってるって。マグ碁でも打ってるし」

その言葉に嬉しくなる。

進藤はしれっと優しい…。

人に気をつかわせない言い回し方をよく知っている。

僕にはとても真似できないような…。

「じゃあまた夕方に…」

そう言ってエレベーターを降りようとしたら――手を掴まれた。

「ドアが閉まる、進藤」

僕の腕を掴んだまま、もう片方の手で開く方のボタンを押した。

「なぁ、もう一回だけ…キスさせて?」

「ダメだ!人が来る!」

「誰も来ねーよ、まだ時間早いし…」

そう言うと、唇を合わせてきた―。

「ん…っ…」

あ…そういえば…、所構わずキスするのは禁止って言い忘れてた…。

…まぁ…いいか…。

進藤の温かな唇の動きにのめりこまされて…、思考が全部飛んで行きそうだった―。



「―でね」



!!



階段の下から誰か上がってくる音が聞こえて、急いで進藤をエレベーターの奥に押し込んだ。

「じゃあまた!」

閉まる方のボタンを押して、即座に腕をエレベーターから抜いた。

「あっ…塔」

進藤が話し終わらない間にドアが閉まった。

「あ、塔矢君おはよう」

「おはようございます」

出版部の人たちだった。

危機一髪…だ。

「早いね」

「えぇ、早く目が覚めちゃいまして」

「今日の対局も期待してるよ」

「ありがとうございます。頑張ります」

上辺だけの挨拶をして対局場に向かった。

僕はこっちの方が得意だ―。

自分を隠して、いい子を演じようとする―。

親の前でさえ―。

僕が本当の自分を出せるのは…進藤の前だけなのかもしれないな…。




最近はすごく調子がいい。

今日の対局もねばられたけど、結局は僕が中押し勝ちした。

「おめでとう塔矢君。これで次はいよいよリーグ入りをかけた、上村九段との対局だね」

「ありがとうございます」

簡単なインタビューを受けた後、即座に検討が始まった。

中押し勝ちしたとはいえ、持ち時間4時間の対局だ。

時計は既に5時を回っていて、外は徐々に日が沈んできていた。

―進藤の方はもう終わったのだろうか…。

早く会いたいな…。

そう思った自分になんとなく赤面した。

何を考えてるんだ僕は…。

「塔矢君ここ右から覗いたよね?こっちから攻めようとは思わなかったの?」

「え?あ―そこはですね…」

自分の打った攻め方について話し始めた。

今は検討中だ。

進藤のことなんて忘れよう―。





検討が終わった頃には7時を過ぎていた。

もう外は夜の賑わいだ。

ずいぶん遅くなっちゃったな。

進藤待ちくたびれてないだろうか…。

約束のカフェに急いで向かって、中に入った瞬間――進藤の笑い声が聞こえた。

奥の方で数人と楽しそうに話している。

相手は和谷くんと…あとの二人は見覚えがない。

「お、塔矢来たぜ進藤」

和谷くんが僕に気付いて進藤に教えた。

「塔矢!オマエおせーよ。待ちくたびれたぜ」

「…悪かったな、検討が長引いたんだよ」

何か…ムカムカする…。

「じゃあオレら帰るな。オマエ塔矢と一局打つ約束なんだろ?」

「あぁ、悪ぃな。時間潰しに付き合ってもらって」

「いいって。またな進藤」

「じゃーな進藤」

「おぅ」

3人とも一緒に店を出て行ってしまった。

「オマエ遅いみたいなこと言ってたからさ、和谷達にちょっと話相手になってもらってたんだよ」

進藤が注文していたアイスコーヒーを飲みながら話す。

「へぇ…」

胸がイラつく…。

「進藤って…他の人といる時はずいぶん楽しそうだな」

その言葉に進藤が眉を歪ませる。

「お前といる時だって楽しいぜ?」

「そうかな…。キミが僕といる時はケンカしてるか…、キス…とかするばかりじゃないか」

さっきみたいに本当に楽しそうには見えない…。

「オマエ、自分を和谷達と比べてんの?」

「……」

「オマエと和谷達とじゃオレん中で全然扱いが違うんだからな。お前の場合、友達の部類に入ってないし」



え…?



「僕は…友達じゃ…ないのか…?」

僕にとっては進藤は…ライバルだけど…一番の親友だと思ってたのに。

僕が気を許せるのは進藤だけなのに…。

進藤の方は違うんだ―。

なんだかますます――落ち込む。

「外で話そうぜ」

手をぐいっと引っ張られてカフェから連れ出された。

話を聞かれないよう、進藤が狭い路地に入る。

僕の方に振り返った瞬間――

唇を押し当てられた―。

「―…ん、…はぁ」

「オマエ知ってる?友達とはこんなことしないんだぜ?」

僕の顔を優しく掴んだまま話し始めた。

「オレにとってオマエはもう友達じゃないんだ。それ以上の…」

急に進藤が言葉につまった。

「あれ…?何だろ…。恋人…でもないし…」

その戸惑いが僕たちの微妙な関係を表している。

「いわゆる友達以上恋人未満ってやつか?うわっ、しっくりこねぇな…」

「……」

「とにかく!オレにとってはオマエが一番大事なんだからな!他のやつなんかと比べるなよ!」

「…うん」

進藤は優しい…。

僕の不安をすぐ言葉や態度で解消してくれる。

僕の方は…ダメだな。

何も出来ない…。

何も言ってない…。

「――塔矢」

「え?」

「今からデートしよっか」



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