●7 DAYS LOVERS 8●


「…あ…」

目が覚めたら、進藤の腕の中だった。

僕を抱き締めたまま眠ったんだろうか…。

まだ眠っている進藤の顔がちょっと…可愛くて、イタズラしたくなった。

髪を触ってみたり…、鼻を摘まんでみたり…、唇をなぞって―…

自分の唇にも触れてみた。

これって間接キスになるんだろうか…。

「…ん…?何…?」

進藤が起きてしまった。

「あっ、ごめん…」

ちょっと頬が赤くなる。

「いいよ…」

優しい声でそう囁いて、またキスをしてくれた。

「あ…、塔、矢」

「え…?」

何かに気がついたように、唇に力がなくなって離される。

「やべぇ…8時過ぎてる!」

「えぇ?!」

急いで二人とも飛び起きた。



その後は準備してる間も棋院に向かってる間もずっと喧嘩していた気がする。

「キミが昨日2回もするから!」

「オマエの縋り顔がエロ過ぎんだよ!」

「何だそれは!じゃあもう2度としないからな!」

「オレだって2度とオマエとなんか打ってやるもんか!」

「……」

―結局、明日からは目覚ましをかけるということで決着がついた。




対局の時間までにはギリギリ棋院に着くことが出来た。

「よぉ進藤」

「和谷、おはよー」

「何だ何だ、今日は仲良く塔矢とご出勤かよ」

どういう風の吹き回しだ、と和谷君が進藤をからかう。

「別に…エレベーターで偶然一緒になっただけだよ」

その言葉にズキリと胸が痛む。

進藤は…やっぱり嘘が上手い…。

いとも簡単に僕とのことなどなかったことにして――突き放す。

どこまでが本気でどこまでが冗談なのか…正直分からなくなる…。

「アキラ〜、おはよ〜」

「芦原さん、おはよう」

進藤以外で僕が壁を作らずに話せるのはこの芦原さんだけだ。

「アキラ今日はこの手合いだけだよな?夕飯は一緒に食べない?この前すんごい美味しい日本料理屋さん見つけてさー」

「へぇ…行ってみたいな…」

芦原さんは料理の腕もすごくて、結構なグルメ家だ。

今まで誘ってくれたレストランはどれもとても美味しかったので、今回も期待出来る。

夜までには家に帰ればいいよね?と進藤の方をチラッとみると―

すごい形相でこっちを睨み付けていた。

「え、えっと…せっかくだけど…その、先約があって…」

慌てて断る。

「じゃあまた今度行こうなー」

と軽やかに席に向かっていった。

ふぅ…とため息が出る。

芦原さんていい人だな…。

それに引き換え―

「和谷、オレさー、ちょっと家の用事で今週はお前んとこの研究会も森下先生の研究会も出れねぇから、先生に言っといてくれねぇ?」

「おぅ、いいぜ」

その言葉に顔が緩む。

「何なんだよ用事って―」

「それがさー…」

そのまま話しながら対局場に向かってしまった―。

僕の家にいる間は他の研究会にも行かず、僕との対局を優先してくれるみたいだ。

すごく嬉しい―。

まぁ進藤にとっては下心の方が勝ってるんだろうけど…。

でも、今朝はほとんど痛みも感じずすんなり起き上がれたし、多少の恥ずかしさは我慢してでも進藤との対局は手に入れる価値がある。

そう思うと気が楽になって―、今日の対局もすんなり中押し勝ちした。

時間はまだ2時を回ったところだ。

進藤の方はまだ対局しているみたいだし…どうしようかな。

ひとまず対局場を後にして、休憩室に置いてあるお茶を入れ始めた―。

進藤は今勝ってるんだろうか…。

帰ったら並べてもらおうかな…。

「塔矢」

「え?」

振り返ると進藤がいた。

「キミ、対局終わったの?」

「いや、まだだけど…ちょっと休憩」

「ふーん」

進藤の分も入れて、お茶を手渡した。

「…今日、一緒に帰らねぇ?オレの方もあと30分もしないうちに終わると思うから」

「いいよ?」

どうせ待つつもりだったし。

そんなことを言いにわざわざ抜けてきたんだろうか…。

「あー…オマエとさ、芦原さんて仲いいよな」

「うん、そうだね…。ずっと前からの知り合いだし…」

「よく二人でメシとか食いに行くの?」

「まぁ…そうだね、芦原さんて美味しいとこ色々知ってるから」



何が言いたいんだ?進藤は―

「オレとは…食いに行ったことないよな?」

「そうだった?」

拗ねてるんだろうか…。

だってキミとは仲良くそんなことをする雰囲気じゃなかったし…。

第一、食の好みも合わなさそうだ。

「これから行けばいいじゃないか、お父さん達が帰って来るまで家にいてくれるんだろう?」

その間一度も外食なしなんて、あるわけない。

「うん…そうだよな、これから行けばいいんだよな!」

そう納得して、ようやく笑顔になったかと思うと―

軽く唇を合わせてきた。

「し、進藤!こんな所で何考えて…!」

「誰もいないし、いいじゃん」

へへっと笑って対局場に戻って行ってしまった。

…全く。

所構わず見境なしにキスするのは禁止にしよう…。


進藤が戻ってくるまでの間、明日からのスケジュールを手帳で確認してみた。

「えっと…」

明日もまた手合いで…

明後日は午後から指導碁の仕事…

明々後日はNCC杯の大盤解説…

日曜はイベントで挨拶やらまた指導碁…

そして月曜は取材と研究会…か。

あまり休みがないな…。

来週の対局地は大阪だし…。

やはり進藤に家に居てもらわなければ、またしばらく打つことが出来なかったんだな…と改めて思う。

しかも明日の手合いは十段戦の三次予選…、相手も八段で今日のようにぬるくない。

気を引き締めていかないと―。

進藤の方の予定はどうなってるんだろうか…。


「塔矢、終わったぜ」

「え?もう?」

「相手が投了してきた。中押し勝ち」

慢心の笑みでVサインをしてきた。

「そう…また後で並べてくれる?」

「いいぜ…っと」

進藤が対局場の方を見た。

他の対局者たちもぽつぽつと終わり始め、休憩室前を通る人も増えてきた。

「早く出ようぜ」

「あ、うん…」

ここじゃロクな話出来ないし、と。




「何それ、オマエ働きすぎ」

家までの帰り道に、先ほどのスケジュールを話したら呆れられた。

「それでよく自分の碁の勉強する暇があるな」

「まぁ…でも1日丸々仕事があるわけじゃないし…」

そうだけど…と少し眉を傾げられた。

「…オレとの時間も作ってくれよ?」

その言葉に少しドキリとする。

「もちろん…仕事のない時間はずっと一緒だし」

進藤が少し赤くなる。

自分でも何言ってるんだろう…とつられて赤くなった。

何だか…進藤が家に来て…、あんなことになってから…ちょっと自分が変だ…。



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