MEIJIN 44〜彩視点〜





「え?名人放った15の十六は珍しい一手ですね。右辺の黒に響くわけでもないですし…」

「十段の18の六の切りが絶好ですもんね」

「何か狙いがあるんでしょうが…」




名人戦第5局は午後に入って佳境を迎えていた。

お母さんの驚きの一手が出たが、お兄ちゃんがしっかり対処すれば仕留めるのはわけもないように思えた。

でも14の四と二の手が放たれると、お兄ちゃんの手が止まる――


14の五と切ると14の三と下がられて取るのは容易ではないですね…」

「ひゃー…、驚きましたね。こんな堅陣を荒らしてしまうなんて」


私は京田さんの解説を聞きながらドキドキ行方を見守った。

お母さんの揺さぶりは本当に恐ろしい。

形勢はお兄ちゃんがよかったはずなのに、ここ数手で差はわずかとなっていた。

モニターを見ると、お母さんの表情は鬼のように恐く、私だったら逃げ出してしまいたいくらいだ。

でもお兄ちゃんの表情は冷静沈着だ。

ヨセ勝負に入る前に決着を付けに行こうとしてるんだろう。

 


「ここは十段が困ったかと見えましたが、受けが好手でしたね」

「名人の逆転には至りませんか?」

15の八から策動しましたけど、十段の14の九が美しいですね。手順は長いですがここからは一本道ですので。逆転はしてないと思います」

「進藤十段は塔矢名人の勝負手を見事受け切りましたね」

「そうですね…、ただもし先に12の四と出ていれば簡単には取られてませんでした。これなら超難関な終盤に突入してましたね」


それでもお母さんとお兄ちゃんは最後のヨセまで打ち切っていた。

盤上を黒と白の石が全て覆い尽くす――

 



「…ありません」


17
45分、お母さんが投了した。

お兄ちゃんが名人奪取に王手をかけた瞬間だ――

 


主催インタビューを終えた両対局者が、大盤解説会場へとやってきた。

実はドアの入口の端っこに座っていた私。

バッチリお兄ちゃんと目があって、


(彩?なんでここに?)


という表情をされる。

えへへへ……

 



「次局への意気込みをお願いします」

と京田さんに問われたお兄ちゃん。

「スコアは気にせずに次も納得のいく碁が打てればと思います」

奪取には一切触れず模範解答をするお兄ちゃんから、今回はもう一言。


「でもその前に王座戦も始まりますので、まずはそっちの対策を立てたいと思います」

と――


「師弟対決、俺も楽しみにしています」

と京田さんが締め括る。



2日で開催されるお母さんと精菜の女流本因坊戦・第2局。

そのちょうど同じ日に――お父さんとお兄ちゃんの初の師弟対決、王座戦挑戦手合・第1局が品川のホテルで開催されるのだ。


(もう誰を応援したらいいの……)

 

 

 

 


「京田さん、解説2日間お疲れ様でした♪」


大盤解説会も無事終了し、京田さんが部屋に帰ってきた。

と思ったら――ギュッと抱き締められる――


「きょ、京田さん…?」

「…さっき」

「え…?」

「さっき柏木さんに告白された…」

 


――え?

 

大盤解説が終了し、控え室に戻ろうとしたら呼び止められたらしい


「お話があるんです…」

「…何?」

「ずっと…」


――ずっと院生の時から好きでした――

――京田さんは初恋でした――


と正式に告白されたらしい。

もちろん京田さんはすぐに「ごめん」と断ったそうだ。

「俺には彩ちゃんしか必要ないから」と――


「いいんです。そう言われる為にわざわざ告白したんですから…」

「え…?」

「今まであちこち追いかけてすみませんでした。もう今日で終わりにします」


最後は吹っ切った笑顔を見せてくれたそうだ。

自分が前に進む為の告白だったんだろう。

 


「…ごめん彩ちゃん。しばらくこうしててもいい…?」

「うん…、もちろん。いくらでも頼って…。何なら一回エッチしちゃう?」


京田さんを元気付ける為に冗談を言ってみた。

フッ…と笑われる。


「名案だな…、流石彩ちゃん」

「ほへ?」


既に綺麗に敷かれている2組の布団。

両方に跨るように真ん中に体を倒された。


え?

え?


「打ち上げ遅刻してもいいよな?」

そう言ってくる彼の目には早くも熱が籠もってるように見える。

「この辺の関係者、皆打ち上げに行っちゃってるから、声出しても大丈夫だから」

「…本当にするの?」

「彩ちゃんがせっかくたくさん買ってきてくれたんだから、使いまくらないとな」

「ええー///


そんな積極的な彼に私は今日もメロメロだ――





おまけ(相川二段視点)

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