MEIJIN 45〜佐為視点〜





「それではお待たせ致しました。両対局者が入場致します。盛大な拍手でお出迎え下さい」



スタッフ2名により開かれた扉の先には、200名以上の客。

響き渡る拍手。

向けられるカメラ。

誘導係に少し遠回りで壇上へと案内されながら、僕は


(まるで結婚式だな…)


と思いながらタイトルホルダーである父の後を付いて行ったのだった――









名人戦第5局から2日後。

王座戦挑戦手合五番勝負・第1局の前夜祭が、ここ品川のシティホテルで開催されている。


まずは主催挨拶。

協賛挨拶。

花束と記念品の贈呈。

写真撮影。

全て終えた後でようやく対局者の挨拶の番となった。


「それでは進藤王座からお願い致します」

と進行のアナウンサーから声がかかり、父がマイクの前に立った。


「皆様こんばんは。進藤ヒカルです。本日は王座戦挑戦手合第1の前夜祭にお越し頂きありがとうございます」


お決まりのフレーズを父がすらすらと話し出す。

家でのあのフランク過ぎる言葉遣いではなく、公式な場に似合った丁寧語と謙譲語でのスピーチ。

師弟対決となった今回の王座戦に相応しい内容で、会場中の観客を魅了していた。


(いつもこれくらい真面目だったらいいのに…)



「続いて進藤十段お願い致します」


僕の番になり、父と同じフレーズからスピーチをスタートさせる。

僕が初めてこんな風に大勢の人前でスピーチしたのは、入段してからちょうど1年後の棋道賞の表彰式だった。

初年度を結局503敗という成績で終えた僕は、新人賞・勝率第1位賞・連勝賞を受賞した。


(あの時は流石に緊張したな…)


人の数ももちろんだけど、何よりマスコミの数、カメラの数が異常な多さだったからだ。

当日あの場所に精菜がいなかったら、プレッシャーに負けていたかもしれない。


『佐為なら大丈夫だよ。クラス委員会の発表と何が違うの?いつも通りでいいんだよ』

と顔が強張っていた僕に、笑顔でそうアドバイスをくれたのだ。


今、この場所にその彼女はいない。

なぜなら彼女も今頃秋田で、僕と同じようなスピーチをしてるだろうから。

女流本因坊戦・第2局も明日から開催されるからだ。


いつもなら最後に当たり障りのない意気込みを語って終わりにしていた僕だけど。

今回だけは少しだけ本音を伝えたいと思う。




「両親とのタイトル戦は、僕が幼い頃からずっと持ち続けた夢でした」


もちろん母との名人戦でその夢は一足先に叶ったのだけれど、それでも父とのタイトル戦は僕にとってまた特別で、意味合いが全く違う。

プロ試験中、僕の為に門下を開いてくれた父。


「この4年間、共に切磋琢磨神の一手を求めて研究出来たことは、とても貴重で掛け替えのない時間でした」


4
年前と比べたら僕の棋力は格段に上がっているだろう。

それはもちろん自分の努力の賜物かもしれないけれど、半分は父の研究会での成果と言えるだろう。

忙しい中、その時間を作ってくれたことには感謝しかない。


「師匠である父とこの舞台で戦える喜びを胸に、明日からの対局に臨みたいと思います」

 


挨拶を終えて席に戻る途中、父と目が合う。

その表情は弟子に向けるものではなく、対戦相手に向ける鋭い視線だ。

もちろん僕も負けるつもりは微塵もない。


勝負だ――

 

 

 

 

 



『前夜祭終わった?』

「うん。精菜も終わった?」

『うん』


前夜祭での僕の出番は終わり、僕はホテルの自室へと戻って来た。

トークショーや抽選会があるから、前夜祭自体はまだ続いているのだけれど、対局者は明日に備えて一足先に退出させられるのだ。

夕食もルームサービスだ。

精菜の方も部屋に戻ったみたいで、電話がかかってきた。


『佐為、前夜祭で何言ったの?』

「え?」

『コメント欄荒れてるって彩から連絡来てたよ』

「別にそんな炎上するようなことは一言も…」

『そうじゃなくて、良い方に荒れてたって。ファンは号泣並みだったって』

「……」


でも、あれが僕の本心だ。

父には感謝している。

明日の対局は僕にとって恐らく今までで一番特別で、一生の思い出となるだろう。


『頑張ってね…、佐為の小さい頃からの夢だもんね』

「うん…、もちろん頑張るよ。精菜も頑張って」

『うん…!』

 

 

 

 




翌日850分。

僕は対局室の下座にて父の入室を待った。

目を閉じて集中すると、周りの音は何も聞こえなくなる。

自分でも驚くほど集中出来てるのが分かる。

 


「おはようございます」


8
55分――目の前に現れた対戦相手に挨拶されて、僕はゆっくりと目を開けた。


「おはようございます」


いつもの扇子を持って、父が前に座った。

幽霊の佐為が持っていたような扇は、父が持つ数ある扇子の中で一番のお気に入りらしい。

そういう僕の前にも扇子が置かれている。

僕が今日の為に選んだのは、祖父・塔矢行洋が入段祝いにくれたものだ。

直筆で『獅子』と書かれたこの世でたった1本しかない特別な扇子

僕がいつも大一番で使っているものだ。


一礼して、父がニギる。

父が黒、僕が白と決まる。

楽しみ過ぎて口元が勝手に緩むのが分かる。

相手が厳しいほど、強いほど僕は燃えるからだ。

 


「時間になりました」

立会人から声がかかり、僕はその視線を対局相手に向けた。

お互い鋭い視線で睨み合う。


「「お願いします」」


持ち時間は3時間。


さぁ、楽しい下克上の始まりだ――





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