●YOUR HOUSE, YOUR ROOM 2●


「何かあったの?アキラさん」

「え?」

「さっきから溜め息ばかりついてるわよ?」

「え?そ、そう?」

夕食を食べながら、無意識のうちに溜め息をついていたらしい。

お父さんもお母さんも僕の方を心配そうに見てる。

「今日の対局…あんまり良くない内容だったの?進藤さんとだったんでしょう?」

「う、うん…」

進藤という言葉に思わず動揺してしまう。

冷静になって考えてみると、ずいぶん失礼なことを言ってしまったな…。

せっかく告白してくれたのに、他の子の方が似合ってる、だなんて…。

何を言ってるんだ僕は…。

明日からどんな顔をして進藤に会えばいいんだろう…。




「塔矢っ!」

放課後――重い足を引きずって約束通りサロンに行くと、既に進藤は来ていた。

思わず後退りをして引き返そうとしたら、手を掴まれて席に連れていかれる。

「アキラくん、後で飲み物持っていくわね!」

市河さんの優しい声が目にしみる。



「昨日のどういう意味?」

いきなり本題に触れてきた。

「…その話は後にしよう」

碁笥を手元に置こうとするのを進藤が遮った。

「嫌だ。先に聞いとかないと、対局なんて手につかねぇよ」

「…だから、昨日言った通りだよ」

「オレにはあかりの方が似合ってるって?」

「……」

「何であかり?アイツは関係ねーじゃん」

「関係なくないよ!あんなに可愛くて仲のいい幼馴染みがいるくせに、何で僕なんかに―」

「オマエの方が可愛いって!」

「何言って…」

かぁぁ…と、一気に顔が真っ赤になるのが分かった。

「オレはあかりなんかよりオマエの方がいい…。オマエが欲しい…」

「……」

恥ずかしい…。

何で進藤はこんなセリフを真顔で言えるんだ?


「…でもキミ、一昨日…彼女を家に誘ったよね?」

「何で知って…」

進藤の表情が一瞬揺らいだ。

「…何してたの?」

「何って…碁打ってた」

「本当にそれだけ?」

「…オマエ、何がいいたいんだ?」

「……」

「言っとくけど、アイツ相手に変な気はおきないぜ?」

「…本当に?」

「本当だって!アイツはもう空気みたいなもんだし。あの日はオマエとの対局を控えてて、ちょっとピリピリしてたからさ、アイツのへボ碁で気持ちを落ち着かせようと思ってだな―」

空気?

気持ちを落ち着かせる?

何それ…。

それってまるで長年連れ添った夫婦みたいじゃないか!

それなのにピリピリした感じになる僕の方を選ぶなんて、進藤ってちょっとおかしいんじゃないのか?!

「と、塔矢?」

ますます鋭い目付きになっていく僕を見て進藤が少し焦り出した。

「…もういいよ」

「何が?!」

「キミと藤崎さんの仲の良さは十分に分かった。やっぱりキミには彼女の方が―」

「塔矢っ!!」

進藤が机を思いっきり叩いて立ち上がった。

「…それ、本気で言ってんのか?」

彼の目付きが対局の時以上に険しくなって、声音も低くなっている。

「あ、あぁ…」

「本気でオレがあかりと付き合えばいいって?」

「……」

「んじゃマジで付き合うぞ?」

「……」

「いいんだな?」

「……」


何も言わない僕に痺れを切らして、進藤がドカッと椅子に腰掛けた。

「……打とうぜ」

「……あぁ」

それ以降、進藤はそのことについて触れなかった。



一局打ち終わって、昨日のように検討して――そのうち囲碁サロンも閉店の時間になったので二人とも碁会所を後にした。

「……」

「……」

気まずい…。

駅までの数分がすごく長く感じる。


「…塔矢、オレさ、昨日の対局…すげぇ楽しみにしてたんだ」

「…僕もだよ」

「で、めちゃくちゃ楽しかったんだ」

「…僕も」

「今まで打てなかった分…これから打ちまくりたい」

「うん…僕もそう思った」

「本当にそう思った?」

「うん…」

「じゃ、今から打とうぜ」

「え?」

手をぐいっと引っ張られて、どんどん先に進んで行かれる。

「2年4ヶ月も空いたんだ。打てるうちに打ちまくりたい―」

「それは…そうだけど…。でも、もう8時過ぎだよ?」

「そうだな。もう他の碁会所も閉まりかけてるだろうし、オレん家で打とうぜ」



え…?



「進藤…それって―」

「オマエも打ちたいんだろ?いいじゃん、明日は学校もねぇし、手合いもねぇし、一晩中打ちまくろうぜ」

「……」

確かに僕も打ちまくりたい…。

それこそ一晩中キミと打てたらどんなに楽しいだろう…。

……だけど

キミの家で…?

一晩中…?

本当に碁だけ…なのか?

顔が真っ青になりながらも着いてくる僕の方を振り返って、進藤が優しく笑った。

「心配しなくても親もいるし、何もしねぇよ」

「…そ…う」

「お前も家に連絡しとけよ」

「あ…、今朝から二人とも台湾に行っちゃったから…僕一人なんだ」

「へぇ…塔矢先生頑張ってるんだな」

「うん…」

「オレらも頑張ろうな」

「…うん」


どうしよう…。

何でこんなことになってるんだろう…。

何もしないっていうキミの言葉……信じていいのかな…?










NEXT