●YOUNGER GIRL 1●





私が京田さんと初めて話したのは、2回目の院生研修の日だった――



柳さんにリベンジして勝った時、すぐ横で精菜と対局していた当時院生1位だった京田さん。

精菜に負けて、

「マジかよ…すげぇな」

小4なのに強すぎだろ、と純粋に驚いていた。

次に私の方に振り向いて、

「進藤さんも今度オレとも打ってよ」

と言ってきた。

翌週、院生研修が終わった後、私は京田さんと打つことになった。



――あれ?いつの間に?

さっきの一手、これを狙ってたの?



ずっと先を読んで早々に仕掛けてくる妙手。

お父さんみたいな打ち方をしてくる人だと思った。

ちょっとだけ……興味を持った。



これが始まりだ――















「じゃあ今日は昨日のアキラと窪田七段の一局から検討しようか」


平日の夕方も、お父さんに時間がある時は開かれる研究会。

お父さんの弟子になった京田さんは度々家に来るようになった。

和室に碁石の音と、三人の会話が聞こえる。


検討しているのは昨日の本因坊リーグ、お母さんと窪田七段の一局だ。

今の若手のホープ、波に乗ってる窪田七段を力碁でねじ伏せたお母さん。

さすがだと思った。


キッチンで三人分のコーヒーを入れて、私は和室に運んだ。



「お父さん、コーヒー置いとくね〜」

「お。サンキュー彩」とお父さん。

「ありがとう、彩」とお兄ちゃん。

「ありがとう、進藤」と京田さん。


でもその台詞に、お父さんがムッとした。


「京田君、彩のこと呼び捨てで呼ぶのやめてもらえる?」

「あ、すみません…。じゃあ…進藤さん?」


進藤さん?

何かすごく他人行儀。

嫌だな…お父さんのバカ…。



「京田さんも彩のこと、下の名前で呼べば?」

と、直ぐ様お兄ちゃんが横から素晴らしい提案をしてくる。


「だって進藤先生に進藤君に進藤さんじゃ、大変でしょ?」

「え、でも…」

京田さんがお父さんの顔色を伺う。


「お父さん、最後の敬称まで聞かないと、京田さんが誰を呼んでるのか分からないなんて不便だよ」

「まぁ…確かにな」

「じゃあ…彩さん?彩ちゃん?」

京田さんが頭を捻る。


彩さん……


彩ちゃん……


両方何だか恥ずかしくて顔の温度が10℃は上がった気がした。

沸騰寸前だ。



「5つも年下なんだし、彩ちゃんでいいんじゃない?だって家族以外皆そう呼んでるし。ね、お父さん?」

「んー…ちょっと馴れ馴れしい気もするけどな」

「考えすぎだよ」


お兄ちゃんナイスvv

もうお兄様って呼んであげる!!


「じゃあ…彩ちゃん、コーヒーありがとう」

「ど…どういたしまして…」


ますます真っ赤な顔になった私は後退りして急いで和室を後にするのだった――













『え?京田さんに彩ちゃんって呼んでもらえるようになったの?』

「うん!お兄ちゃんに感謝だよ〜」


二階の自分の部屋に駆け込んだ私は、早速電話で精菜に報告した。


『分かった。明日佐為に会ったら私からもお礼言っておくね〜』

「あれ?精菜明日お兄ちゃんとデート?」

『デートっていうか…棋院の大盤解説一緒に聞きに行こうと思って』

「あ、お母さんの王座戦かぁ」

『まぁ…佐為を大盤解説会場になんか連れて行ったら大変なことになると思うから、5階の検討室に行くことになると思うんだけどね…』

「あはは。お兄ちゃん全国ネットで顔バレしちゃったからね〜」



マイナーな囲碁のプロ試験なんて普通一般の人は誰も興味ない。

でもうちの両親は普通にCMにまで出るほど知名度がある。

特にお父さんなんて、今オンエアされてる車のCMを入れて今年だけで3本。

(ちなみに年明けから今度はコーヒーのCMが始まるらしい。飲み過ぎて気持ち悪くなった、とこの前撮影から帰ってきてボヤいていた)

囲碁界を代表するタイトルホルダー二人の息子が全勝でプロ試験に受かった、それだけでもオイシイネタなのに、お兄ちゃんのあの反則的な容姿。

囲碁雑誌に顔が載るや否やたちまち話題になって、一般の女性誌はもちろん、ついにはお昼のワイドショーでも紹介されてしまったらしい。



「まだ入段もしてないのに大変だよね〜」

『笑い事じゃないよ…』


精菜が電話の向こうで溜め息を吐いてる。

妹の立場としては面白いけど、精菜にとってお兄ちゃんは彼氏。

やっぱり心配だよね…色々と。


「大丈夫だよ。お兄ちゃん、精菜のこと大好きだから」

『うん…ありがとう』



お母さんと伊角先生の王座戦。

せっかくだから私も明日見に行こうっと♪












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