●YOUNGER GIRL 2●





「おはよう、彩ちゃん」

「あ…京田さん。おはようございます…」



翌日――私はお母さんと伊角先生の王座戦第三局を見に棋院にやってきた。

京田さんもそうだったみたいで、会場の入口でバッタリ出くわした。


彩ちゃん……昨日の今日だからもちろんそう呼ばれるのに慣れない。

胸がドキドキうるさいほどに鳴り響く。



「あれ?進藤君どこかな?緒方さんと見に行くって言ってたんだけどな…」

京田さんが大盤解説の会場内をキョロキョロ見渡した。

「あ、お兄ちゃんは5階の関係者用の検討室にいると思うよ。ここじゃ目立ち過ぎるから…」

「はは、確かに」

進藤君も大変なことになったよな、と京田さんが笑った。


「京田さんはどうするの?」

「んー…上に行ってもいいけど、別にここでもいいかな。和谷六段の解説も聞いてみたいし」

「私も〜。伊角先生の一番の親友だもんね、和谷先生」

「でも塔矢名人とは仲悪いんだろ?進藤先生が間に入らなかったら口も聞かないとか聞いたけど?」

「今は昔ほどじゃないと思うけど…。でも、お母さんがお父さん以外に興味なさすぎるからね…」


昔からそうだったらしい。

お母さんは囲碁の強い人にしか興味ない。

つまり同年代ではお父さんしか興味なし。

他の棋士はほぼ無視していたらしい。

そんな態度が和谷先生は気に入らなかったそうだ。


「俺、弟子になってまだ2週間だけど、進藤先生と名人てマジで仲いいもんな。今まで先生の方が一方的なイメージ持ってたけど、名人も先生のことすごく好きなんだなぁってすぐ分かったよ」

「ケンカもしょっちゅうだけどね」

「あれはケンカするほど仲がいいってやつだよ」

「そうかなぁ…」



京田さんと大盤解説の会場で並んで座って、二人きりでおしゃべりする。

まるでデートみたいでドキドキした。

本当のデートもしてみたいなぁ…。

京田さん、お父さんの取り調べで彼女いないって言ってたし。

私、立候補しちゃダメかなぁ…?







「京田さん、やっぱり5階行こ?」

「え?別にいいけど…」


京田さんの手を掴んで、大盤解説会場から連れ出した。

エレベーターじゃなくて、階段へ向かう。


「え?彩ちゃんまさか5階まで階段で行くの?」

「うん…ちょっと」


でも2階の踊り場までたどり着いたところで、私は京田さんの方に振り返った。


緊張する…。

ヤバいほど心臓が鳴り響く。



「きょ、京田さん…!」

「え…っ」

「私の気持ち、もう知ってるんでしょ?」

「……うん」

「女流のプロ試験受かったら、私と付き合ってくれませんか?」


京田さんの顔がたちまち赤くなる。

私と同じくらい真っ赤に。


でも……


「えー…っと、それはちょっと…無理かな」

「どうして?京田さん彼女いないんでしょ?」

「だからって、小5の女の子と付き合えないよ…さすがに」

「……!」


京田さんは高校1年生。

一気に現実を突き付けられた気がした。

16歳と11歳じゃ、やっぱり違いすぎる?


「それに俺、先生に破門されたくないし…」

ごめんな…と京田さんが謝ってくる。

「気持ちは嬉しかった」

ありがとう、と……


お礼なんて言われても全然嬉しくない。



「……京田さん、私のこと嫌いなの?」

「まさか」

「じゃあ、もし私が京田さんと同じ16歳で、師匠の娘じゃなかったら、付き合ってくれてた?」

「…うん。そうだね…考えたかも」


だって彩ちゃん性格もすごく可愛いしね…、と。


そんな風に言われたら私……諦めきれない……



「…………和谷先生の奥さんって、森下先生の娘さんなんだよ」

「え?そうなんだ…?」

「和谷先生も奥さんより5歳年上なんだよ」

「……」

「奥さんが16歳になった時に、告白されたって言ってた」

「……」

「京田さん、私も16歳になったらもう一度告白してもいい?」


その時はちゃんと考えてくれる?

考えてくれるなら、私今は諦める。

約束してくれる?


京田さんの目をまっすぐ見て――私はそう訴えた。



「…5年も経ったら、彩ちゃんの気持ちも変わるよ…きっと」

「変わらないもん、絶対」

「…言い切っちゃうんだ?」

「そうだよ」

「そっか…」


京田さんが上を向いて、少し考え出した。


「5年後かぁ…」

「京田さん…21歳になっちゃうね」

「そうだな…」

「やっぱり…ダメかな?京田さんだって、恋愛したいよね…」

「どうかな…。囲碁に集中するにはちょうどいい年数な気もするけど…」

「え…?」


京田さんが優しく笑ってくる。


「――いいよ」

「え…?」

「16になった彩ちゃんが変わらず俺を好きでいてくれるなら、もう一度告ってくれていいよ。その時は…付き合おうか」

「……いいの?」

「いいよ」

「それまで…彼女作らないで待っててくれる…?」

「うん」

「…本当に?」

「やけに疑り深いんだな…」

「だって、今から5年だよ?16、17、18、19、20歳だよ?一番彼女が欲しくなる時期でしょ?」

「かもな。でも、彩ちゃんが21で彼女になってくれるんだろ?なら…待つのも有りかな」

「ホント…に?」

「うん」


私は我慢出来ず京田さんに抱き付いた。

大きな胸に飛び込んだ。


「じゃあ、じゃあ、16歳になったらもう一回言うから覚悟しておいてね。もう誕生日に言っちゃうからね!」

「うん、分かった…」


俺も破門されないよう、先生が認めてくれるぐらいに強くなるな――と抱き締め返してくれた。









これが私が11歳の時に京田さんと交わした約束。

他の誰にも、精菜にすら内緒の約束。

私、絶対いい女に成長して、京田さんの恋人になるからね――












―END―










以上、彩と京田さんの恋愛の行方でした〜。
めちゃくちゃ積極的ですな…彩。
京田さんは中学から男子校、しかもずっと囲碁漬けなので、告白したこともされたことも過去一度もありません。
初めて告白してきたのが超ハイスペック年下女子だったら?というのが今回の話です(笑)

4月からプロ棋士になるわけだし、囲碁にもちろん集中したいので、彼にしばらく彼女を作る気はありません。
それなら、告ってきたこの超ハイスペック女子な彩をフラずに約束だけしてキープしておくのは賢い選択だと思われます。
もちろん京田さんはもともと彩のことを容姿も性格も可愛い子だと気に入ってるんですけどね。おまけに憧れのヒカルの娘だし〜w
でもさすがに小学生とは付き合えないと、まともな京田さんはちゃんと分かっています。
中1の佐為が小5の精菜と付き合うのとはワケが違います。
16歳になったその日に、宣言通り彩はもう一度告白するんだろうな〜思われます。

和谷の奥さんはもちろん茂子ちゃんです。
茂子ちゃんが16の時から付き合ってるらしいです。
結婚は23くらいかな?つまり和谷は28。
今は32の和谷だから、子供も二人くらいいそうですね。
アキラとは今は普通に(最低限は)話すと思いますよ(笑)