●You are me, I am you 14●
あーーー気色悪っ!!
生まれて初めて男にキスされてしまった。
気持ち悪くて吐きそうだ。
……だが、我慢我慢。
もっともーっと、オレに夢中にさせたところで、ズバッとフってやるんだ。
コイツの男としてのプライドをずたずたに切り裂いてやるんだ――そう思ってたのに……
「―――結婚してほしいんだ」
プロポーズされてしまった。
お、おーっと!これは想定外。
もちろんオレとしては即お断りしたいところだけど、一応塔矢の反応を待ってみる。
『………』
が、塔矢は固まってるみたいでトランシーバーの向こうは黙ったままだった。
どうしよっかなぁ……
「…実はさ、ニューヨークの本社に異動が決まったんだ。来月には向こうに行くことになると思う。アキラちゃんに…付いてきて欲しいんだ。…妻として」
「……え?」
……こいつ、本気で言ってんのか?
正気か?
なに言ってんのか分かってんのか?
ニューヨーク?
妻として?
それがどういう意味なのか…本当に理解してるのか?
「…直弥さん、僕の仕事を知ってますよね?」
「もちろん。棋士だろう?プロの囲碁棋士」
「…僕に辞めろっていうんですか?」
「囲碁ぐらい向こうでも出来るだろう?」
囲碁…“ぐらい”?
「俺の祖父も碁を打ってるんだ。もちろん引退後の趣味の一つだけど。アキラちゃんのことも知っていたよ。二世棋士だって言ってた」
二世…棋士……
「タイトルも持ってるんだってね。でもしょせん女流棋戦のタイトルだ。普通の誰もが知ってるようなタイトルは、囲碁も将棋も女性は程遠い。男性社会で大変だよね」
…ああ…もうダメだ…
なんだこいつ……
「今持ってるタイトルだって、下の世代に取られることになるのは時間の問題なんだろう?その前に俺と結婚して、華やかなうちに引退する方がいいと思わない?」
我慢出来ねぇ!!
「しかもアキラちゃんは二世棋士だ。父上は元五冠の塔矢元名人だろう?知名度は俺の妻に相応し――!!」
バキィッ
全部言い終わらないうちに殴ってしまった。
「ふざけんじゃねーよ!てめぇっ!!」
胸倉を掴んで思いっきり見下ろし、睨みつけた。
「二世棋士?あん?本気で言ってんのか?コイツの碁、一度でも見たことあるのかよ!勝手なこと言ってんじゃねーぞテメェ!!」
「アキラ…ちゃん?」
「何がニューヨークだ、何が向こうでも打てるだ!んなもん一人で行きやがれ!塔矢はなぁ、日本で、プロの世界で!オレと神の一手を目指すんだ!!」
「………」
「女流棋士はタイトルに程遠い?塔矢は唯一の例外なんだよ!今やリーグ戦の常連だ、いつか絶対タイトルを手に入れる奴なんだよ!何も知らないくせに勝手に女流だからって見下すな!コイツがどれだけ努力してるかも知らないで!」
観覧車が一周を終えたみたいで、係りの人が扉を開けた。
「塔矢はオレなんかよりずっとずっと凄いんだ!二度とツラ見せんな!」
オレはそう言い捨てて、茫然と座り込むこの最低男を置いて降りた。
「…あとさぁ、あんたキス下手すぎ。もうちょっと練習した方がいいぜ」
「なっ…」
降りるチャンスを失ったソイツは、再び30分の空中遊泳に旅立っていった。
そして2つ後のゴンドラから、塔矢が降りてきた。
「げ…」
「進藤…」
「あ…はは。聞いてた?聞こえた?……ごめん、やっちゃいました…」
両手を顔の前で合わせて謝った。
塔矢は涙目だった。
やっぱ…オレのせい?
「…ううん。…ありがとう。…嬉しかった」
「塔矢…?」
「僕も清々した。あーよかった、あんな人だと思わなかったから。確かに前からちょっと自慢しがちなところがあったんだけどね…。東大出だとか…年収がいくらだとか」
「…あんな野郎にオマエは勿体ねぇよ」
「うん…。初めての彼氏に目が眩んでたのかな…。もっと見る目付けないとね」
「……」
「ほら、もう帰ろう。早くしないとまたあの人、降りてきちゃう」
「あ…ああ」
塔矢が走り出した――オレの手を掴んで。
見る目?
そんなの付けなくても…目の前にイイ男がいるじゃんか……
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