●You are me, I am you 15●
僕の初めての恋は三ヶ月で終わってしまった。
いや、そもそも僕は直弥さんに恋をしていたのだろうか?
恋に恋してただけなのかもしれない。
人並みに…ただ恋愛がしたかっただけなのかも――
「塔矢〜風呂空いたぜ。オマエも入ってくれば?」
「ああ…うん。そうだね…」
落ち込む重い体を起こして、僕もバスルームに向かった。
あんなに嫌だったお風呂も…4日目にもなると慣れてきた。
少し余裕が出てきた。
とすると、少し興味が沸いてくる。
男の人の体ってどうなってるんだろう――と。
今までは最低限しか見ないようにしていた…が、今日はしっかり目を開いて見てみようかな…なんて。
「………」
まずは脱衣所の鏡に映った上半身を見てみた。
ライバルである進藤の体。
僕とは全然違う筋肉の付き方。
すごく引き締まっていて、固かった。
碁は頭脳戦だ。
体なんて関係ないのに――何故か負けた気分になった。
こんな体を持つ男性に、敵うはずがないと思ってしまった。
昼間、直弥さんに女流棋士をけなされたから、こんなに卑屈になってしまってるのだろうか。
あんなにも堂々と言われたのは初めてだ。
確かに女流棋士は男性棋士に劣る。
僕以外、二次予選すら通らないのが現実だ。
でも僕も…一般の人から見たらその女流棋士達と同じ括りなのだろうか。
僕は二世棋士だから。
父の七光で注目されてただけなのだろうか。
『塔矢はなぁ、日本で、プロの世界で!オレと神の一手を目指すんだ!!』
嬉しかった。
僕を庇ってくれた、進藤のあの一言一言が全部…嬉しかった。
涙が出るほどに―――
「……ぅ…」
うわぁぁぁ…と僕は大人になって初めて声に出して泣いた。
イヤリングを付けたままだったということも忘れて。
進藤が聞いてることに気付かないで――
「お、出た?ホットミルク飲むか?落ち着くぜ?」
「…うん、ありがとう…」
マグカップを受け取って、ソファーに座った。
進藤もすぐ隣に掛けてくる。
「…今日は本当にありがとう。もし僕自身にプロポーズされてたら…どうなってたか分からなかったから…」
「棋士、辞めちゃってた?」
「まさか」
「だよな♪」
「うん…。僕は一生この道を歩くよ。きっと父のように引退もしない。そのうち若い人達に負け出しても、タイトルなんて程遠くなっても、この身が動く限り一生現役で戦っていく。………キミと」
「うん、オレも同じ♪オマエと頑張る。ライバルだもんな!」
……ライバル……
そう――僕とキミはライバルだ。
共に切磋琢磨し、いつか神の一手を極めるのに必要な好敵手だ。
だから……馴れ合ってはいけない。
近付き過ぎてはいけない。
本気でこれからも対局したいのなら、ある程度の距離は保たなくちゃならないんだ。
その距離とは…どのくらいなのだろうか。
今のように、一つのソファーに腰掛けて、間は10cmも開いていない――この距離は許されるのだろうか……
「どうした進藤?顔を歪めて…」
「ん?いや。今日の野郎とのキスを思い出して気持ち悪くなってただけ…」
「ふふ…キミって演技力あるんだね。今日は感心してしまったよ。僕なんかよりずっと女性らしかった。さすが――」
さすが、たくさんの女の人と付き合っただけのことはあるよね……
キスだって上手いはずだよね……
ズキッ――
胸が少し痛んだ気がした。
僕は直弥さんとしかしたことがない。
彼のキス…僕は普通に上手だと思ってたんだけどな……
「…キミから見て、直弥さんのキスは下手だったのか?」
「うん、下手だな。あれは素人だな。一人よがりっていうか〜自分が満足してるから相手も満足してるって思い込んでるパターン?残念な人だよなぁ…」
「……ふぅん。素人?」
「そ、アマっとこと」
「じゃあ…プロって、どんなの?進藤七段」
「知りたい?塔矢八段」
「――うん」
今は体入れ替わってるけどな、と微かに笑った進藤が更に僕に寄ってきた。
密着。
腕を肩に回されて――引き寄せられる。
「――…ん…っ…」
唇が触れる――この距離は許されるのだろうか……
そのまま体が倒される――この距離も許されるのだろうか……
CONTINUE!