●You are me, I am you●
(何でオレがいるんだ…?)
(どうして僕が前に…?)
ヒカルとアキラは目の前にいる自分を見て、茫然となっていた。
鏡ではない。
その証拠にちゃんと触われる。
次に、二人は自分の姿を見た。
(髪が長い…?ていうか、何だこの胸の膨らみ…。括れも。まるで…塔矢みたいじゃん)
(僕…こんな服着てたっけ?そりゃあ昔は男に生まれたかったと思ってたし、その名残で今も自分のことを僕と呼んでいる。でも、いい加減女だと自覚してからはちゃんと女の子らしい服を着るように心がけてたし………というか、この格好…まるで進藤じゃないか…?)
二人は同時にもう一度目の前の自分を見た。
「「………」」
そんな馬鹿な。
こんな夢みたいなこと。
でもマンガだと意外と多い展開。
もちろん信じられないが、ようやく自分達に何が起こったのか理解した二人は、
「うわあぁぁぁっ!!!」
「いやあぁぁぁっ!!!」
と同時に叫んだのであった――
話は一時間前に遡る。
今日はヒカルもアキラもオフで、いつものように囲碁サロンで対局なり検討なりして、棋士にとって有意義な時間を過ごしていた。
気がついたらお昼どき。
「昼メシ食いに行こうぜ」
とヒカルがアキラを誘い、二人とも碁会所を出た。
向かった先はヒカルの大好きな大手ファーストフードチェーン店。
ダイエット中のアキラは不満だったが、どうしても今週から始まった新商品が食べたいんだ!とヒカルに押され、しぶしぶついていくことにした。
「ダイエットなんて必要ないって。それ以上痩せてどうするんだ」
「だって…夏になったら彼氏と海に行く約束してるんだもん」
「…あっそ」
アキラの口から出た『彼氏』という単語に、ヒカルは少し面白くなさそうな顔をした。
アキラはこの春、めでたく生まれて初めてのボーイフレンドが出来た。
アキラより3歳年上。
外資系の商社に勤めていて、既に係長をも務める将来有望なバイリンガル男…らしい。
アキラの通うドイツ語の語学教室で出会ったのだとか。
とにかく、初めての彼氏と言うことが嬉しくて嬉しくて、ついヒカルにも彼とのことをペラペラ惚気てしまっていたのだ。
それが面白くない。
ヒカルにだってもちろん彼女はいる。
でも、フリーの時に告られたからとりあえず付き合っているだけで、別に彼女のことが好きだというわけではなかった。
というか、アキラに彼氏が出来た時に、自分の中に芽生えた気持ちに驚いた。
ようやく気付いたと言うべきか。
ヒカルはアキラのことが好きだったのだ。
たぶん…ずいぶん前から。
(さっさと別れろよ…くそっ)
胸の苦しさを吸い込むように、ヒカルはコーラを一気に吸い込んだ。
ちなみに、アキラは彼氏が出来てからはずいぶんと女の子らしい服を着るようになっていた。
今日も清楚な白のティアードワンピースに上品なストール。
髪もアイロンで綺麗にセットされていた。
一日碁を打つだけなのに、こんなにオシャレをする必要があるのだろうか。
塔矢と並んで歩いてたらデート中のカップルみたいだ。
というか、普段着でこれなら、デートの時なんか一体どんな格好をしてるんだろう…と、ヒカルの頭はモヤモヤムカムカ。
でも、アキラはアキラでまだオシャレに頑張り出したばかりなので、全然慣れてはいなかった。
(足が痛い…)
ファーストフード店が意外と遠かったせいもあって、小指の辺りがジンジンしてきていた。
慣れるまでの我慢だと聞くが…このパンプスはそれ以前の問題な気がする。
先が細すぎた。
次はもうちょっと丸いのを買おう。
そんなことを考えながらアキラは陸橋の階段を頑張って登っていた。
だが、登るのはまだしも、スタスタ降りるのは無理難題というもの。
ヒールが高すぎて足の位置がアキラはいまいちつかめていなかった。
でも、ヒカルはどんどん先に行ってしまう。
アキラも頑張って追いつこうと急いだ。
―――が
「ぅわ…っ」
段を踏み外し、ガクンとバランスが崩れた。
手摺りを掴もうとしたが間に合わなくて。
「…え?」
アキラの声に気付いてヒカルが振り返った時には、時既に遅し。
アキラが自分に向かって、落ちてきている所だった。
もちろんあまりに急過ぎて受け止めてやることなんて出来なくて。
ヒカルも巻き添えをくって、まだ10段以上もある階段を真っ逆さまに落ちていったのだった。
「…ってー、オマエっ、オレを殺す気か!」
「す、すまない…」
そして時は冒頭に戻る。
お互いの発した声に、二人は「あれ…?」と目を見開いた。
殺す気か、と汚い言葉を発したのはもちろんヒカルなのだが……声はアキラだった。
そして、すまない…と謝ったのはもちろんアキラなのだが……声はヒカル。
顔を見合わせると、なぜか自分が目の前にいて。
自身の体はなぜかライバルのもので。
まさか……入れ代わった……?
「うわあぁぁぁっ!!!」
「いやあぁぁぁっ!!!」
こうして、長いようで短い二人の入れ代わり生活がスタートするのだった――
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