●TIME LIMIT〜社編〜 1●
24歳の春―――進藤の一番親しかった和谷君が結婚した。
お相手は森下先生の娘さんだそうだ。
でも、なぜ僕が彼らの披露宴に呼ばれたんだろう。
進藤がいなくなって以来、同年代の棋士とほとんど交流のない僕に気を使ってくれたのだろうか。
なんてことを考えながら……右隣りの席を見ながらぼーっと座っていた。
右は伊角・奈瀬夫婦の席だった。
そして二人の間には…二歳になる彼らの娘が、小さな子供用の椅子に座っている。
僕と進藤の子供は……もう三歳になるはずだ。
この子みたいに大きくなってるのだろうか……
「なんやなんや〜、そないジッと見て、もしかして塔矢も子供欲しくなったん?」
左隣りの社が話しかけてきた。
「…別に」
「塔矢は結婚せぇへんの?見合い話、いっぱい来とるんやろ?」
「ああ…でもまだ興味ないよ」
「ふーん」
社は同年代の中だとまだ一番付き合いがある。
僕の考えてることなんてお見通しだという顔をしてきた。
「進藤やろ?」
「え…?」
「進藤のこと、待ってるんやろ?」
「……」
「どこに行ってもたんやろな〜。塔矢、今だにアイツのこと捜しよるってホンマなん?」
「…今はもう、たまに…だけだよ」
進藤がいなくなってもう3年半。
正直……疲れてきた……
途方に暮れるとはこういうことを言うのだろう。
どこにもいない。
待ってても…帰ってこない。
僕は捨てられたんだ。
いや、僕が彼を捨てたのかもしれない。
どっちにしろ…辛い。
相変わらず後悔ばかりの毎日で…最近すごく辛いんだ……
「…もう諦めたらどうや?」
「え…?」
「最近のお前見てたら…痛々しくてかなわんわ。もうそろそろ忘れて楽になってもいい頃なんちゃう?もう充分頑張ったんやし…」
「………」
「俺が忘れさせてやろか?」
「え……?」
披露宴の後―――僕は二次会には行かず、社に付いていった。
同じホテルの15階。
社の泊まってる部屋に……
「……実はここ、17歳の進藤の誕生日に泊まった…思い出のホテルなんだ…」
窓から見えるのは、あの時と同じ風景だった。
「え?お前ら付き合っとったん?」
「…『恋人』だよ…」
一日だけの…ね。
「なら…進藤って酷い男やな。彼女放って消えるやなんて…」
「……」
涙を頬までつたらした僕を――社が抱きしめてきた…。
「…進藤は…悪くない。悪いのは僕なんだ…」
「そうなん?でも、もう忘れ。辛いだけやん」
「……進藤は僕のこと…好きだって。でも僕は…」
「塔矢、なんでそんなに進藤に執着するんや?ライバルで元カレ。それだけの関係やろ?」
ライバルで……元カレ?
それだけの関係?
…違う。
違う違う違う。
僕らは……僕らには…―――
「塔矢…」
「いや…っ…」
社が僕の唇にキスしようとしたので、慌てて顔を背けた。
「……忘れる気がないんやな」
「……忘れられない…よ」
「一生このままでおるつもりなんか?」
「………」
「忘れた方が楽やで?」
そうかもしれない。
でも……忘れられない。
忘れたくない。
だって……
「だって……進藤が…好きだから…」
一度も彼には伝えたことのない僕の本当の気持ち。
絶対に伝えたいから。
伝えたいから……このままでいる。
例え辛くても。
例え後悔ばかりの毎日でも。
絶対に伝える…その日まで―――
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