●WEEKEND DATE 1●
「佐為!」
「おはよう精菜」
「おはよ♪」
長かったプロ試験をようやく先週の土曜に終えた私達。
今日は久しぶり…ううん、こんな風に外で待ち合わせて、休日に二人だけで朝から過ごすデートはもしかしたら初めてかもしれない。
嬉しくて嬉しくて、実は今朝は4時に目が覚めてしまった。
「今日はおじさんの研究会お休みなんだね」
「うん。お父さん今日山梨に行ってるから」
「あ、おばさんの王座戦?」
「そ。大盤解説」
佐為のお母さん、塔矢王座に伊角七段が挑んでる今回の王座戦挑戦手合五番勝負。
大阪であった第一局はおばさんの中押し勝ち。
そして今日、第二局が山梨で行われている。
佐為が携帯を取り出した。
配信されている解説のサイトを開く。
「あ、おじさんだ」
大きな盤の前で磁石の石を動かしながら解説の仕事をしているおじさん。
聞き手は奈瀬女流四段。
彼女もおじさんも、挑戦者の伊角先生とは院生時代からの仲。
実は今回、入段15年目にして初めて挑戦者になれた伊角先生の為に、大盤解説は全対局同年代(30歳過ぎ)の棋士が予定されている。
第一局は社先生が担当、棋院で行われる第三局は和谷先生の予定だ。
「奈瀬女流四段って、確か女流枠で合格したんだよね?」
「というか、普通のプロ試験に受かる女の人の方が少ないけどね」
佐為のお母さんと、あと数人しか今までいないらしい。
そして私も無事今回合格を決めた。
佐為との約束が果たせて実はホッとしている。
『お、伊角さんハサんできましたね』
『ここはどう対処すればいいんでしょう?』
『右上の厚みを活用する為に15の十四とトビたいところですね。あ、塔矢もそうして来ましたね』
モニターを確認しておじさんが石を張り付ける。
おじさんは仕事中はおばさんのことを「塔矢」といまだに旧姓の名字で呼ぶ。
夫婦なのは誰もが知ってることなのに、公私混同しないのはステキだと思う。
……いいな。
私もやっぱり佐為と、おじさんとおばさんのような夫婦になりたいなと思うのだった。
「じゃ、行こうか。水族館」
「うん♪」
佐為と手を繋いで、私は予定通り品川の水族館に向かうことにした。
院生研修を休んでる間に、お父さんとお母さんと色んなところに遊びに行った。
もちろんこの水族館も。
でも、あの時とは全く違う気がした。
彼氏と手を繋いで、時には腕に手を絡ませて見て回る水族館は、両親の時より何倍も楽しい。
最後にイルカショーを見てから、再び駅前に戻り、ちょっと遅めのランチをした。
「佐為、午後からお買い物付き合ってくれる?」
「いいよ。もちろん」
いつもは彩と買いに行ってる服を、今日は佐為と行って彼氏目線で見立ててもらう。
最後に服を買ったのはプロ試験が始まる前、8月の話だ。
あの時は秋服ばかり並んでいたけど、今はもうすっかり冬服に一新していた。(それどころか春服まである)
「そういえば、佐為の誕生日もうすぐだね」
「え?ああ…そうだな。ちょうど再来週の日曜になるのかな?」
「また一緒にどこか遊びに行かない?」
「いいよ」
「…あ、でもおじさんの研究会あるのかな?」
「誕生日くらい休ませてもらうよ」
佐為が苦笑する。
「そろそろ王座戦決着着いたかな?」
「見てみようか」
佐為が携帯を取り出して、さっきのページを再び開けた。
王座戦は待ち時間3時間。
そろそろな終局してもいい頃な気がする。
「あ、ちょうど終わったみたい」
「そうなの?おばさん勝った?」
「うん」
おじさんが解説のまとめをしていた。
『8の九は勝負手だったけど、ここで塔矢の判断が的確でしたね。伊角さんは10の五と無謀な切断をするしかなくなった訳です』
『なるほど〜』
『こっちの4の三で薄みが解消出来ていたら、塔矢もノビるしかなかった。これなら黒も十分戦えましたね』
『進藤先生ならそうしました?』
『そうですね〜。でもオレならやっぱりヨセ勝負は避けるかなぁ』
『塔矢王座と最も多く戦ってきた進藤先生ならではの判断ということですね?』
『アキラは恐いからなぁ。あ、でも、普段は可愛いですよ?』
『はいはい、もう聞き飽きました!』
会場から笑いが起きていた。
まるでコントのように最後を締めるおじさんと奈瀬女流四段。
「おじさん楽しそうだね」
「うん。やっぱり嬉しいんじゃないかな、伊角先生が挑戦者になって」
「昔からの仲間だもんね」
王座戦本戦は16名で行われるトーナメント。
タイトルホルダーや九段が名を連ねる中、伊角先生は上手いこと間をすり抜けて勝ち上がっていった。
(ちなみにおじさんは2回戦で倉田先生に、お父さんは準決勝で芹澤先生に負けた)
挑戦者になれたことで七段にも昇段。
もしかしたらこれから伊角先生の時代が来るのかも?なーんてね。
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