●WANT CHILD 4●


「よし、始めるぞー。みんな席に着いてー」

「はぁーい」


毎月第2・第4月曜日。

オレは棋院近くの小学校に碁の講師として子供達に教えに行っている。

私立のこの小学校には日本文化と触れ合う時間が設けられていて、囲碁もその一つだ。

他にも将棋やら茶道やら華道やら百人一首やらたくさん選択肢はあって、子供達は半年おきに好きなのを選べるらしい。


「まずは先週のおさらいからな。この黒と黒を連絡するには次はどこに打てばいい?分かる人ー」

「はぁーい」


前の黒板で手筋をいくつか紹介・説明した後、次は子供たち同士で実際に対局させてオレは様子を見に回っている。


「先生ー、この辺わけがわかんなくなっちゃった。これボクの石かな?」

「どれどれ?」


真面目に取り組んでくれる子もいれば、途中で飽きて遊び出す子達もいるし、ケンカしたり、負けたことに泣き出す子もいる。

教えたり叱ったり止めたり慰めたり色々大変だけど、こうして子供たちと触れ合ってる時間はすごく楽しくて貴重だ―。

だから増々思ってしまうんだよな…。

オレも子供が欲しいな…って―。

一度は諦めた夢だけど…、…でももし塔矢がお腹の子を産んでくれたら……。


あれから2週間経つけどアイツはまだ悩んでる。

会う度に「決めた?」ってそれとなく聞いてるんだけど、首を傾げるだけ。

でもどっちにするにせよもう14週目だ。

早いとこ決めてもらわないと、もし下ろすことになったらこれ以上大きくするのはマズいだろう。

なんとしてでも今週中に決断を下してもらおう―。



「あれ?塔矢?」

「……」

小学校から自宅のマンションに戻ると、玄関の前で塔矢が立っていた。

取りあえず部屋の中に招いて、お茶を出してみる。

塔矢はしばらくダンマリしたままだったけど、決意したように…オレの目を見て話し始めた。


「進藤…………ごめん」

「……」

「僕、やっぱり産めない…」

「……そっか」

思い詰めて増々痩せたように見える塔矢に向かって、反論することなど出来るわけがなく…オレはショックを隠した最大限の笑顔で…それを受け止めた―。

「じゃあ…明日にでも病院行くか?オレも付き添うよ…」

「ありがとう…」


それでも込み上げてくるものは止まらなくて――


「進藤…?大丈夫か…?」

「あ…うん、平気。平気だから…ちょっと……ごめん」

塔矢に顔を見られないよう、慌てて席を外した―。

部屋を出た途端、涙がどっと溢れてきた―。

「…ぅ…―」


ヤバい…。

止まらない…。

どうして…?

分かってたはずじゃん…塔矢が囲碁を取ることなんて…。

諦めたはずだろ…?

なのに…なんで…―


「……進藤?」

「来るなっ!」


頼むから…

そっとしといてくれ―


「ごめん進藤…ごめん…ごめんなさい―」

「謝るなよっ!いいって、もう…―。いいから別に…もう……」

「だって……」

強引に涙を拭って、顔を見られないように素早く後ろを振り返り――塔矢を抱き締めた―。


「……じゃあ…さ、塔矢…今日、泊まってってよ…」

「え…?」

「明日まで…下ろすまで…、せめてお腹の子と一緒に…いさせて…?」

「………うん」


一晩でいいから…

父親の気分を味わいたい…

夢を見させて欲しい…―



――その晩

オレはベッドに横になった塔矢のお腹を、ひたすら撫でていた。

「4ヶ月目じゃ全然分からないんだな」

「そうだね…」

「男の子なのかな?それとも女の子?」

「どっちだろうね…。もうちょっと大きくならないと分からないよ、きっと―」

「そっか…」

塔矢のお腹に優しくキスを落とした―。


「オマエとの子供だったら、きっとすげー可愛いよな」

「うん、キミ似だったら最高にね」

「オマエ似だって可愛いさ」

「僕似はダメ。きっとすごく冷たい顔になるよ。営業スマイルしか出来ない―」

「そんなことないって。オレには営業じゃないスマイルで笑ってくれてるじゃん」

「そうかな…?」

「うん、すげー可愛いよ」

塔矢の顔が嬉しそうに少し赤くなった。

「だからさ、この子もめちゃくちゃ可愛いと思うんだ」

「……」

「会いたかった…な」

残念そうにそう言うと、塔矢はオレに抱き付いてきた。

すぐにオレも抱き締め返す―。

「…キミみたいな父親を持った子供は…幸せになれるよね…」

「そう思う…?」

「うん…。でも僕みたいな母親を持った子供はきっと不幸になる…」

「んなことねーよ。オレにとっては最高の恋人だもん。もうすぐ最高の奥さんになるけどな♪」

「ありがとう…」

塔矢がクスっと笑って、更にオレの胸に顔を埋めてきた―。


「…だからさ、最高の母親にもなれると思うよ?」

「こんなに囲碁のことや自分のことしか考えてない身勝手な奴なのに?」

「はは、塔矢って意外とバカだな。本当に自分のことしか考えてないやつは、そんなこと思いも気付きもしないんだぜ?周りから言われて初めて気付いたらいい方。言われてもまだ気付かねぇ奴もいるし―」

「そう…なの?」

「うん、オマエは自分勝手じゃないよ。オレの気持ちも考えてくれるし…。ただ、やっぱり今は囲碁の方が大事ってだけなんだよな?」

「……」

「でもオレはそんなオマエが好きだよ…。一生側にいて欲しいほど―」

「……ありがとう」

オレはにっこり微笑んで、塔矢の頭に、顔に、そして体に…最大限の愛情を込めて何度もキスをした―。



塔矢…


ずっと一緒にいてくれよな…













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