●WANT CHILD 3●
『子供なんて欲しくない』
塔矢にそう言われた瞬間、オレは固まってしまった―。
オレは子供が好きだ。
もちろん自分の子供も欲しくて、一から育ててみたいとずっと思ってた。
結婚すればアイツが産んでくれて、それが出来るんだって当然のように思ってた。
だけど塔矢は碁を犠牲にしてまで欲しくないって。
そりゃ妊娠・出産・子育てで多少なりとも碁に影響するのは避けられない。
アイツにはそれが耐えられないみたいなんだ。
昔っから変わらねぇよな。
オマエっていつまで経っても碁一筋だ。
だけどオレはそんなオマエだから好きになったんだぜ?
オレの我が儘でオマエから大好きな碁を取り上げることなんてオレには出来ない。
確かに子供は欲しいよ?
だけどオマエあっての子供なんだ。
他の人に産んでもらっても全然嬉しくない。
だから…オマエが望まないのなら…
オレは諦めるよ…
『6月16日』
プロポーズして約5ヶ月。
具体的な結婚式の日どりを決めると、周りから「いつ結婚するの」攻撃がなくなって、塔矢も落ち着いてきたみたいだ。
オレがインタビュー記事であんなこと書いたから、まだまだ大勢の人に
「本気なの?」
って聞かれるけど、
「当分の間は。仕事の方が落ち着いてきたら、また作るかもしれない」
と返して今は逃げてる。
本当にそうなったらいいなって思うけど…変な期待は持たないことにしている。
塔矢さえいてくれたらオレはそれでいいんだ―。
「席の配置が難しいよなー。学校の友達と棋士の友達は分けるとして、やっぱ門下で固めるべき?」
「……」
「それとも年齢層で分けるか?男女でも多少は分けといた方がいいのかな?」
「……」
「…塔矢聞いてる?」
「…うん」
オレが披露宴の席配置に真剣に悩んでるのに、塔矢はさっきから下を向いたままだ。
覗きこむと、真っ青な顔をして口に手を当てている。
「どうした?また気分悪いのか?」
「少し…」
「ちゃんと食べてる?オマエ最近痩せたんじゃねぇ?何か頼むか?」
ちょうど打ち合わせは喫茶店でしてたので、オレはメニューを手に取った。
「腹にたまるのがいいよな。オムライスとかどう?」
「…遠慮しとく。余計に気分が悪くなりそう…。それよりサラダ系のを…」
「サラダぁ?んなもん食べたって腹にたまらねーぞ」
「あっさりしたものが欲しいんだよ」
「ったく…」
適当に量が多そうなサラダを頼み、オレは別に腹は減ってなかったのでアイスコーヒーを注文した。
「あ、オマエも何か飲むか?」
「お水でいい…」
「良くねーよ。あっさりしたものがいいんなら、ソフトドリンクでもいいから」
「…じゃあオレンジかグレープフルーツ…」
「はいはい。オレンジかグレープフルーツね。じゃあオレンジジュースもお願いします」
「かしこまりました」
ウェイトレスのお姉さんに注文した後、メニューを端に戻した。
「珍しいなオマエがジュース飲むのって。しかも柑橘系だなんてさ、まるで妊娠してるみたいじゃん」
「……」
「もしかして気持ち悪いのも悪阻だったりして」
ははっと笑うと塔矢は更に沈んだ。
「…そうかも…しれない」
「え?」
「僕……妊娠してるのかも…」
えっ?!
「ま、まじ?」
「……」
「前アレが来たのいつだよ?」
「忘れた…」
塔矢が真っ青になって震えてる。
「……病院行く?」
コクンと頷いてきた。
「……」
「……」
注文したコーヒーを飲んでいる間も、病院まで向かってる間も、オレの頭はずっとグルグル回転していた。
もし妊娠していたらコイツどうすんだろ…。
産む?
下ろす?
どっちかだよな…。
オレとしては当然もちろん絶対産んでほしい!
だけどコイツは…子供なんて欲しくない…んだよな。
やっぱ下ろすのかな…。
くそっ!勿体ねぇっ!
『12週目』
それが医師から告げられた診断の結果だった。
オレの顔は異様にほころび、塔矢の顔は異様に沈んだので、先生も困惑した面持ちで早めにどうするか決めてるよう言ってきた。
「……どうする?」
「……」
「産むか…?」
「……」
「やっぱ下ろす…?」
「……」
塔矢は何を言っても無反応で、静々とオレの袖を掴んで歩いていた。
「周りには言うなよ?絶対に産めって言われるから…。一人でじっくり考えた方がいい…」
「……」
それでもオレは別れ際に塔矢の手を取って握り締め、自分の気持ちを伝えた―。
「オレとしては絶対産んでほしいからなっ!オマエとの子供が欲しいっ!」
塔矢は茫然とオレを見つめ、
「…参考にさせてもらうよ…」
とだけ言って、家の中へ入って行った―。
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