●WANT CHILD 2●


「塔矢?顔色悪そうだけど大丈夫か?」

「…ん、平気。ちょっと疲れてるだけだから…」

「どこかで休んでく?」

「……うん」


休憩の為に進藤に連れて行かれたのはシティホテルの一室。

高層階だから、あの煩い下界の音が聞こえなくて正直安心する…。

僕は大きなキングベッドに横になって、窓の外をぼーっと見つめていた。


…今の僕には居場所がない…

家にも帰りたくない…

囲碁関係者にも会いたくない…

そして進藤…

子供が欲しいって言うキミにも…―


「塔矢?寝てるのか?」

「…ううん」

「風呂入ってこいよ。バスタブ大きくて気持ち良かったぜ」

「…いい」

「そっか…」

進藤が溜め息をついて、ベッドに腰掛け――僕の顔を覗いてきた。

「少しは気分よくなった?」

「…全然」

「何か食べる?」

「…いらない」

「…塔矢ぁ〜」

否定ばかりする僕の頭を撫でてきた。

「オマエさ、マリッジ・ブルー?」

「…分かんない」

それでも目を潤ます僕の頬に優しくキスをしてくれた―。

「オレは別に…そんなに急がなくてもさ、オマエが結婚したいって思う時にすればいいと思ってる」

「……」

「周りは早く早くってウルサいけど……別に1年後とかでも構わないし―」

「……」

「入籍だけして、結婚式も披露宴もなしでも別にいいしな」

「…そんなのダメだよ…。無理に決まってる……周りが許さない…」

「まぁ…そうだろうけど」

「……」

僕は体を反対側に向けて、進藤に背を向けた―。

彼が僕の肩や腕を優しく撫でてくる。


「何が気に入らないんだ…?周り?それともオレ?」

「……」

「何か言ってよ…塔矢―」

「……」

今度は体を仰向けにして…進藤の顔を見つめた―。


「……僕はね」

「うん」

「僕は……結婚したい」

「……そっか」

ちょっと嬉しそうに進藤は顔を緩ませた。

「オレもしたいよ…今すぐにでも…―」

彼が僕に跨って、顔を近付けてきたので…頭だけ横を向けて、それを逸らした―。


「……でもね」

「うん…」

「僕は……子供が欲しくない」

「え…?」

進藤が目を大きく見開いた。

「子供なんていらない……欲しくない……産みたくない…」

「……」

「キミが子供好きなのは知ってる…。…だから、自分の子供が欲しいなら……他をあたってくれ」

「塔…矢…」

進藤が固まってしまった。


ごめん…。

でもそれが本音だから…。

結婚する前に絶対に言っておかなくちゃいけないことだから…。

どうしても欲しいんだったら……今、別れて―。


「え…オマエって子供…嫌いだった…?」

「そんなことないけど……仕事の方が大事なんだ。僕は子供の為に手合いを休みたくない…」

「じゃあなに…?オマエ一生産まないわけ?」

「それは分かんない……だけど少なくとも今は産みたくない」

「オレは別にすぐに産んでくれなんて言ってないよ…?時間に余裕が出来てから…30代とかになってからでもいいし…―」

「それ…本気で言ってるのか?」

「え…?」

「今の状況で本当にそれが出来ると思う…?周りにどれだけ期待されてるかキミも知ってるだろう?キミと結婚したらすぐにでも産まなきゃいけない状況に追い込まれる。今でさえ…いつ結婚するのって毎日のように言われて僕は…―」

「周りなんて無視しとけばいいじゃん」

「そういうわけにはいかないよ!それにどうせ無視しても産むまでずっと言われ続けるんだろ?!僕にはそれが耐えられないっ!」

「塔矢…」


もう嫌なんだ…。

何もかも―。


「無理しなくていいよ…進藤。キミは子供が欲しいんだろう?僕は例え30を過ぎても産んであげれる補償はどこにもない…」

「……」

「そんな僕に痺れを切らす前に…他の人と結婚して家庭を持った方がキミにとっては幸せだと思う―」

「んなわけねーだろっ!オレが他の奴と結婚して幸せになれるわけないしっ!他の奴に産んでもらっても全っ然嬉しくねぇっ!」

「でも僕は産んであげれないよ?」

「いいよ、もう―。オマエと居られるなら子供なんていらない…。我慢するし―」


進藤…


「周りにはオレがちゃんと説得するから―」

「……」


優しいねキミは―。

僕の為に大好きな子供を諦めてくれるんだ…。

こんな自分勝手な奴の為に…。



「…オレさ、昔はオマエと付き合うことが夢だったんだ」

「それ…いつの話?」

「片思いしてた時の話」


中学の時…?


「でな、付き合い始めたら次はキスするのが夢になった―」

進藤が僕の唇にそっと唇を合わせてきた―。


「…その次はオマエを抱くのが夢だったんだ」

「そう…」

「で、いつの間にか結婚するのが夢になってた―」

「今も…?」

進藤が首を横に振ってくる。

「今はもっと先…。一生オマエと過ごすのが夢だ…」

「ありがとう…嬉しいよ」

「オレも…。オマエと一緒に死ぬまでいれたらそれでいい――」





――3週間後

進藤のインタビュー記事が載った週刊碁が発売された。

子供について聞かれた進藤は


『しばらくは二人で碁を高めあっていきたいので、作るつもりはありません』


と答えてあった。


ごめんね…。

ありがとう、進藤…。


Q.結婚はいつ頃に?

『6月の半ば頃に。お世話になってる方や友人達も招いて披露宴もしたいと思います』



――もうすぐ僕たちは長い恋人生活にピリオドを打つ――










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