●WANT CHILD 1●
進藤は子供が好きだと思う。
子供向けのイベントの手伝いには必ず行ってるし、幼稚園や小学校の派遣講師にも欠かさず名乗りをあげている。
普通に道ですれ違う子供達にさえ、すごく優しい表情をいつも向けてるんだ―。
「…キミって子供好きだよね」
「うん、だって可愛いじゃん?無性に構いたくなるんだよなー」
「ふぅん…」
「オレもし自分の子供が出来たらさ、絶対溺愛すると思う。嫌われるぐらい愛でまくっちゃうぜ、きっと」
「へぇ…子供欲しいんだ?」
「もちろん。最低でも2人は欲しいな。ほら、オレ一人っ子じゃん?兄弟とか憧れだったんだよ〜」
「そう…」
「だから塔矢、期待してるぜ?」
「……」
楽しみそうに笑顔を向けてきた進藤の顔を、僕は直視出来なかった―。
だって…
僕は…
子供なんて欲しくない―。
進藤と付き合い始めてもう5年。
20歳になった僕はついに先日、彼にプロポーズされた。
もちろんすぐにOKして、そろそろ結婚式の日どりを決めようかって所まできている。
それは別にいいんだけど……
『子供』
この言葉を聞くだけで、最近吐き気がするんだ―。
そんなもの産みたくない。
育てたくもない。
その一番の理由は仕事にある。
僕は棋士を続けたい。
そして今が一番脂ののってる時期だと思う。
こんな時に妊娠だ出産だって手合いを休むなんて御免だ。
子育てだって生半可な気持ちじゃ出来ないことも重々承知だ。
そして僕は器用じゃないから…仕事と家庭の両立なんて無理だと思う。
だいたい昼食でさえ取らずにめちゃくちゃな食生活をしている僕に、家族の健康管理が出来ると思うか?
僕は身勝手だ。
自分のこと、囲碁のことしか考えない。
そんな僕に……家庭を持つ資格はないよ。
持っても家族を不幸にするのが目に見えている。
進藤…ごめんね。
キミとは結婚したかったんだけど…、子供が欲しいなら……他をあたってくれ―。
「では塔矢先生、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
「まず今度の本因坊リーグについてですが…―」
来週の週刊碁に載せる為のインタビューが始まった。
碁について、棋士仲間について、色々語れる僕が比較的好きな時間だ。
だけど最近はそれが嫌いになってきている。
その理由はもちろん――
「その薬指の指輪は、例のエンゲージリングですか?」
「あ、はい…そうです」
「進藤プロと塔矢プロがお付き合いされてることは何年も前から話題になってましたけど、ついにいよいよって感じですね」
「はあ…」
「結婚式の日どりとかはもう決まってるんですか?」
「いえ…お互い忙しいものですからなかなか…」
「ああ、やっぱりそうですよねー。でも披露宴に出席する面子はすごいんじゃないかって、今編集部中でも話題なんですよー」
「はは…」
――そう
最近この手の質問がかなり多いんだ。
そしてこのあと必ず……
「やはりお子さんにも碁を教えるつもりなんですか?」
「まだ分かりません…」
「でも後援会でも既にかなり期待されてますよね。なんせこれからの囲碁界を担うお二人のお子さんですから、ただならぬ才能を持ち合わせる可能性は大でしょうし。私も期待しています」
「……」
「ちなみにお子さんは何人くらい欲しいんですか?」
「…さあ?…進藤は2人以上は欲しいとか言ってましたけど…僕は―」
―欲しくない―
「進藤プロが子供好きなのは有名ですものねー。きっと素敵なお父さんになってくれると思いますよ」
「……」
「ではまたその辺は来週の進藤プロの取材の時にでも聞いてみます。今日はありがとうございました」
「はい…こちらこそ。失礼します…」
出来てもない子供…
産んでもない子供に皆が期待する…
周りからどんどん攻められて、僕はもう後戻りが出来ない…。
「アキラさん、まだ結婚式の日は決まらないの?」
「……はい」
家に帰った途端、母にまでも言われてしまった。
「もう婚約して3ヶ月でしょう?そろそろ具体的に決めないと」
「……」
「この所、お父さんの知り合いの方からもたくさん聞かれるのよ。私も対応に困るわ」
「……」
「明日も進藤さんと会う約束なんでしょう?ついでにブライダルサロンでも覗いてきたらどう?」
「……」
毎日毎日毎日同じことを言われる。
辛い…。
もう嫌だこんなの…。
疲れた…。
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