●WAKAMURASAKI 1●
進藤ヒカルと塔矢アキラは同性愛者だった。
…というか、お互いしか見えていなかった。
出会った時から――ずっと。
いつから付き合ってたのか詳しくは知らない。
ただアイツらが18歳の時に……それが親にバレた。
当然両家の両親は引き離しにかかった。
でもアイツらは抵抗して反抗して…結果、最後には逃げた。
駆け落ちだ。
愛さえあれば何もいらない――碁界さえ捨てられる。
そう意を決して日本を飛び出そうとした矢先のことだった。
成田に向かう途中で、二人が交通事故に巻き込まれたんだ。
「塔矢!!塔矢あぁっ!!」
進藤の方は軽傷だった。
だけど塔矢の方は……
「…進藤…、キミと出会えて…僕は幸せ…だったよ…」
「何言ってんだよオマエっ!これからもっと幸せになるんだろ?!」
「…悔しいね。…どうして…僕もキミも…男性だったんだろう…。どちらかが…女性だったら…よかったのに…」
「塔矢……」
「僕は…女性に生まれたかった…。そしたら……」
そしたら、キミと引き離されなかったのに――
堂々とキミの隣にいられたのに――
最後の力を振り絞って、塔矢が言葉を繋ぐ。
「次…は…女…性に…生ま…れ…変わ…る…か…ら……待…て…て……」
「塔矢っ?!塔矢っ!!嫌だっ!!オレを置いていくなっ!!塔矢っ!!塔矢ああぁーっっ!!!」
それが俺が聞いた最後の二人の言葉だった。
塔矢元名人夫妻は後悔した。
自分達が反対しなければ…愛する息子は死ななかったのに――と。
進藤夫妻も後悔した。
あれ以来、進藤が引きこもりになってしまったからだ。
誰とも話さない、口をきかない。
ずっと部屋に閉じこもって、碁ばかり打つ音が聞こえてくる。
当然仕事なんてしてない。
休場扱いだ。
(クビにならなかったのは、塔矢先生門下や桑原先生、森下先生が根回ししてくれたかららしい)
進藤夫妻にとって、進藤はバカだけど自慢の息子だった。
タイトルこそは取ってなかったけど、挑戦者にはなったことがあったし。
早碁の大会では優勝したこともあった。
当然対局料は高かった。
同年代の人達と比べて、収入は遥かに高かっただろう。
碁界を知る者で、進藤を知らない者はいないぐらいの知名度だった。
それが、今では引きこもりのニートだ。
(いや、一応まだ棋院所属だからニートではないか?でも収入はゼロだ)
塔矢の死から7年経った今でも――
こんなことになるなら、息子が同性愛者だという方がよっぽどマシだった。
理解してあげればよかった――そう後悔していた。
もうすぐ塔矢の7回目の命日がやってくる。
そんなある日――俺は棋院で女性に声をかけられた。
「あのう…進藤ヒカルさんがこちらにお勤めだとうかがったんですが…」
お勤め?
ちょっと違うけど、まあ良しとしよう。
「はい。今はちょっと休んでますけど…、居ることは居ます」
「休んでるんですか?どうやったら会えるんでしょう?」
そのアラフォーぐらいの女性は困っているみたいだった。
後ろにいた娘さんだろうか、女の子が
「家に押しかけようよ」
と母親の服の裾を引っ張っていた。
「えっと…進藤とはどういう関係なんですか?どうして会いたいんですか?」
「それが……」
女性は心底困ったように、その女の子を自分の前に出してきた。
「娘がどうしても会いたいって聞かないものですから…」
俺は女の子に目線を合わすべく、しゃがんだ。
「お嬢ちゃん、お名前は?何才?」
「桂井美奈子。6才だよ」
「美奈子ちゃん、どうして進藤に会いたいの?」
「どうしてって…。進藤は私のコイビトだもん」
「………は?」
俺は母親の顔を見た。
ほとほと困っていた。
「この子…物心がつく前から『しんどーしんどー』言ってるんです…。で、最近になって『進藤はキシだよ』って言い出して…」
棋士と言えば囲碁か将棋。
それでとりあえずここに来たのだとか。
「…美奈子ちゃん、進藤に会ったことあるの?」
「ないよ」
「じゃあどうして『コイビト』なの?」
「コイビトだから」
「…進藤に会ってどうしたいの?」
「あのね、約束したの」
「約束?」
「うん。待っててって約束したの。女の子に生まれかわるからって」
「―――え?」
一瞬、塔矢の最後の言葉が頭を過ぎった。
『次…は…女…性に…生ま…れ…変わ…る…か…ら……待…て…て……』
……まさか……
「…美奈子ちゃんの誕生日って…いつ?」
「4月5日だよ。2005年4月5日」
「!!」
塔矢の命日だった。
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