●WAKAMURASAKI 2●
俺は美奈子ちゃんと彼女のお母さんを連れて、久しぶりに進藤家を訪れた。
「…あら、和谷君。久しぶりね。元気にしてた?」
チャイムを鳴らすと進藤のお母さんが出てきた。
「ご無沙汰してます。…あの、進藤…は?」
「…相変わらず、ね」
お母さんは溜め息をついた。
「上がらせて貰っていいですか?」
「ええ…もちろん。でもヒカルは…」
進藤は誰が説得に来ても会おうとすらしなかった。
でも今日は――美奈子ちゃんがいる。
俺は意を決してニ階に向かった。
「進藤?俺だ、和谷だ」
進藤の部屋のドアをノックしても、全く反応がなかった。
ドアに耳をあてて中の様子をうかがってみると――パチパチパチと相変わらず碁石の音が聞こえた。
「進藤!お前に会わせたい子がいるんだ!頼むから出てきてくれ!」
少々乱暴にドンドン叩きながら叫んだ。
それでも音沙汰なし。
もう一度叩こうとしたその時――美奈子ちゃんがドアを優しくノックした。
「…進藤?いるんだろう?出てきてくれ。僕だよ…。やっとキミに会いに来れたんだ…」
声は美奈子ちゃん。
でも塔矢の口調だった。
進藤もそれに反応したのだろうか、あまりにもあっさりと開かずのドアが開いた。
顔を出した進藤の姿に思わず息を飲む。
一言でいうと……痩せていた。
あのトレードマークだった前髪金髪もすっかりなくなっていて…。
自分で切ってたのだろうか、髪がボサボサだった。
それより何より……目が死んでいた。
この7年間で一体どれだけの涙を流したのだろう。
目の回りが真っ赤で、まだ潤んでるように見えた。
「進藤…これを見て?」
美奈子ちゃんが背負っていた自分のリュックから携帯用の碁盤を取り出した。
既に石が並べられている。
その棋譜を一目見て――進藤の目が大きく見開いた。
「僕とキミが最後に打った棋譜だよ。覚えてるよね?」
「………と……や……?」
「うん」
「ほん…とに…塔…矢?」
「うん。約束しただろう?女性に生まれ変わるからって。待っててって」
「塔…矢、塔矢…、塔矢っ!!」
進藤が小さな美奈子ちゃんを抱きしめた。
美奈子ちゃんも進藤を抱きしめ返した。
端から見ると異様な光景だ。
25歳の男と6歳の女の子が、本気で抱き合ってるんだから。
でも――何故か美奈子ちゃんが塔矢にダブって見えた。
「ごめんね…ずいぶん待たせてしまって」
「ううん!」
「辛かった…?」
「ううん!」
嘘つけ、と心の中で突っ込んでやる。
進藤のお母さんは俺らの後ろで泣き崩れていた。
美奈子ちゃんのお母さんは複雑そうな顔だった。
それから一ヶ月後、進藤が棋戦に復帰した。
この7年間のブランクが嘘のように連勝記録をのばしていき、二年後には初のタイトルとなる碁聖を奪取することとなった。
そして三年後には念願の本因坊を手に入れていた。
「進藤、棋聖の挑戦権獲得おめでと〜」
「和谷。サンキュー」
「復帰してから悔しいぐらいに絶好調だな」
「おう!なんせ私生活が充実してるからな!今日もこれから美奈とデートだし〜♪」
「へ、へぇ…」
進藤が18歳も年下の小学生と付き合っているというのは、今や有名な話だ。
ロリコンだ変態だと罵られても決して別れようとしないその姿は、昔ホモだゲイだと噂されてもめげなかった時と同じだ。
強いな…と思う。
「今日はどこ行くんだ?」
「お台場の科学館♪」
デートと言っても、相手は小学生。
毎回半分課外授業みたいなものらしい。
ま、そうでないと美奈子ちゃんの両親が許してくれるはずがないけど。
碁は全然打ってないらしい。
時間が経つにつれて、美奈子ちゃんは塔矢としての前世の記憶を無くしてしまったらしい。
でもお互いを想う気持ちだけは残っていて。
「美奈が16歳になったら結婚するんだ♪」
と進藤は張り切っている。
「…もちろん、美奈が心変わりしちゃって、人並みに同級生とかを好きになったりしたら諦めるよ」
「ホントかぁ?」
「ホントだって。前世に囚われ続けるのもどうかと思うし…な。せっかく生まれ変わったんだから、新しい人生を歩んでほしい…」
ただ、あの時――生まれ変わってもオレのことを忘れないで会いに来てくれたのが嬉しかった。
そしてオレをまた陽の当たる所へ戻してくれた。
「感謝しきれねーよ…本当」
出来るなら、一生傍にいたい。
塔矢が願った通り、堂々とオレの隣にいてほしい。
「だからさ、オレ今めちゃくちゃ頑張ってるんだ。タイトルいっぱい取ってもっともっと稼いで、美奈の両親に認めてもらえるようにさ」
それと――塔矢の分も打つ為に。
進藤の話を聞いていて、ああ…またコイツ成長したな、って思った。
二度目だ――
一度目は俺らが入段した直後。
休みまくってたコイツが帰ってきた時もそうだった。
人って何かを乗り越える度に強くなるんだなぁ…って実感する。
俺も頑張ろう。
――余談だが、進藤と美奈子ちゃんはのちに本当に結婚する。
もちろん16歳では叶わなかったのだが、美奈子ちゃんが高校を卒業したその年に。
その頃すっかりアラフォーのオジサンになってた俺ら棋士仲間は、進藤の若奥様を羨ましく思うのだった。
―END―
以上、アキラさんが女の子に生まれ変わる話でした〜。
久々にアキラ子じゃないヒカアキを書きました。
や、なんかもう…変な話になっちゃいましたが(笑)
美奈子ちゃんのお母さんは大変だったと思いますよ…。
きっと初めて話した言葉が『しんどー』ですよ(笑)
何がしんどいの?そんなに疲れたの?って感じでしょうか(笑)
題の若紫は紫の上からいただきました。
まさに紫の上大作戦。
ヒカルは美奈子ちゃんを自分好みに仕上げたことでしょう(笑)むふふ