●VIEW 1●


「あらアキラさん、どちらへ?」

「ちょっと進藤と買い物に行って来るよ。お母さんもその格好…どこかに出かけるの?」

「今日はね、知り合いの方の結婚式があるの。お父さんと行って来るから夕食も適当に食べてね」

「分かった、行ってきます」



いつも通りの朝。


いつも通りの会話。


今日もいつも通りの1日で終わると思ってた―






「なぁ塔矢、眺めのいい部屋と広い部屋だったらどっちがいい?」

「…何の話?」

「決まってんだろ!今日泊まるとこの話!」



昼下がりの午後、僕達はカフェでお茶をしていた。

今日は久々に僕と進藤のオフの日が重なって、一緒に出かけている。

午前中は買い物をしていたんだけど、歩き疲れた進藤が休憩しよう、とこのカフェに入った。

で、この質問だ。

進藤は先ほど寄った本屋でホテルガイドを買っていた。

「今日は…泊まるつもりはないんだけど…。明日の午後には名古屋に向かうから、準備しなくちゃならないんだ」

僕の明後日からの対局地は名古屋だ。

本因坊リーグの2回戦。

相手は元碁聖だ。

「だからこそ泊まるんじゃん!オマエが明日から3日間もこっちにいないかと思うと、オレ発狂しちゃうかも」

「そんな大袈裟な…」

「だから今日たっぷり思い出を作っとくんだ!で?どっちがいいんだよ?」

強引だな、進藤は…。

たかが3日じゃないか。

それくらいの期間、こっちにいる時だって会わないこともよくある。

でも…まぁ久々に泊まるのもいいか…。

14時の新幹線だし、明日の朝、早く家に戻って準備すれば特に問題はない。


「…じゃあ眺めのいい方」

「了解♪」

進藤は早速携帯でホテルに電話しだした。

こういうことに関してだけは昔から素早いんだ。


「―じゃあお願いします」

ピッ

「どうだった?」

「へへ、バッチリ★シティビュー側のデラックスツインゲッート」

嬉しそうに進藤が注文していたアイスコーヒーの続きを飲み出した。

「これで明日の朝までオマエと一緒にいられるな」

「そうだね」

「ここんとこ全然…だったじゃん?かなり嬉しいかも」

進藤がちょっと頬を赤くしたので、僕も少しつられて赤くなった。

僕たちは付き合い出してからもうすぐ2年になる。

最初の方は少しでも時間があればすぐにでも会おうとお互い努力していたけど、今は時間が合えば…という程度だ。

気持ちが薄れたわけではない。

ただお互いの存在に慣れてしまって、気持ちに余裕が出て来たんだ。

それに今年に入ってからは僕も進藤もやけにスケジュールが忙しくて、もう会う会わないどころではなかった。

手合い帰りに何度かホテルに寄ることはあったけど、こうやって1日中進藤といるのは何ヶ月ぶりだろう…。

僕の方もちょっと嬉しくなった。


「ホテルの方な、チェックイン3時からだって。あと10分だし先に済ませちゃおーぜ。荷物も邪魔だし」

「ここから近い所?」

「地下鉄で3駅先」

そう言うと伝票を持ってレジの方に行ってしまった。

こういうデートの時は全部進藤のおごりだ。

最初の頃は僕も払うってよくもめてたけど、それも慣れてきた。

進藤曰くこういうのは男が払うもんなの、だそうだ。

僕も男なんだけど…とツッコミたいが、一応寝る時は僕が女役だから…みたいだ。

収入の方も僕の方が多いのに、何だか申し訳ない…。

「じゃあ行くか」

「うん」

僕の買った荷物も進藤が持ち出した。

別にそれくらい持つのに…と思うけど、口に出すとまたケンカになるから、言わない。

代わりに進藤の服をちょっと掴んでみた。

ここで僕が女性だったら、こんな道端でも堂々と手を繋いだり、腕組んで歩けるのに…。

ちょっと残念だ…。

でもそのことについては考えれば考えるほど落ち込んでくるので、出来るだけ深くは考えないことにしている。

ひとまずキミと一緒に居られるだけで嬉しいし…キミの優しさに甘えてみようかな。


「ここ?」

「あぁ。チェックインしてくるからちょっと待ってて」

連れて来られたのはショッピングセンターやオフィスも一緒に入っている複合型の建物だった。

上層部にホテルが入っていて、26階がフロントだ。

そして29階以上42階までが客室らしい。

エレベーター前の説明にそう書いてある。

僕が眺めのいい所を指定しただけあって、この26階の窓から見える景色はさすがに最高だ。

夜ならもっと期待出来るかも…と、少しわくわくしてきた。

駅から近いだけあって、平日の今日の客層は会社員が多い。

ロビーにスーツ姿の人が溢れている。

外国人もかなりいて、国際的な雰囲気を漂わせていた。

こういうホテルなら男2人で泊まってもそんなに不自然じゃない。

良かった、カップルだらけのリゾートホテルにされたらどうしようかと思ってた。

進藤もその辺はだいぶ分かってきたのかな?

僕の趣味も、性格も―。


「お待たせ〜」

チェックインを終えた進藤が戻ってきた。

これお前の分な、とカードキーを渡される。

「何階?」

「39。3921号室」

エレベーターのボタンを押しながら進藤が答えた。

「…う…」

このエレベーターの早さは気持ち悪い…。

気圧の変化で耳がおかしくなる。

「塔矢、大丈夫か?」

「うん…なんとか」

ちょっと進藤の肩に頭を乗せた。


チン

あっと言う間に39階まで到着した。

「えーと…こっちだな」

僕の手を引っ張って部屋に向かい始める。

その手がとても温かくて、少し幸せな気分になる。

「ここだな」

進藤が立ち止まったのは右奥の一番端の部屋だった。

「コーナー?」

「うん、こっちの方が窓広いし、景色がよく見えるかと思って」

カードキーを差しながら進藤が答えた。

ドアを開けて先に入るよう促される。

「どうぞ?」

「あ、ありがとう」

入ってみると意外にも広くて驚いた。

二つ並んでいる大きなベッドも清潔な白のシーツで、柔らかくてとても気持ちよさそうだ。

カーテンを開けてみると、大都会を一望出来る眺めだった。

東京タワーも近い。

「いい眺め…」

うっとりしていると荷物を置き終わった進藤が近付いて来た。

「気に入った?」

後ろから抱き締めてきて、髪にキスをしてくる。

「うん…。キミ、センスいいね」

「だろ〜?この前福岡行った時にさ、この系列のホテルに泊まったらあんまり良かったんで、東京の方も絶対いつか泊まろうって思ってたんだ」

お前と、と付け加えられる。

「そう…」

ちょっと顔が熱くなって…、進藤の方を向いて―そのまま首に抱き付きながら―キスをした。

「―…ん…」

何度もついばんでくる進藤の唇がとても心地いい―。

「―…は…ぁ」

唇を離すと、今度は首に軽くキスをされて、ソファに座るよう促してきた。

「何か飲む?」

「さっきお茶したばかりじゃないか…」

ちょっとおかしくなって笑った。

それもそうか…と進藤もベッドに座った。

「オマエとこうやってゆっくり過ごすの久しぶり…」

「そうだね」

「今日は碁はナシな?」

「うん…たまには…それもいいかな」

一応携帯用の碁盤と碁石も持ってるけどね…。

「夕飯はどこに食いに行く?」

「キミって食べ物の心配ばかりしてるね」

クス…っと笑うと進藤がそうかな?って慌てだした。

「しょうがねーだろ!まだまだ成長期なんだから」

「そうだね…」

「オレって食欲と性欲は底なしだから」

左目をウインクしながらそう言われて…ちょっと頬が赤くなった―。

ベッドの方に手招きしてくる。

立ち上がって、少し近付くと―一気に引っ張られて抱き締められた。

顔を近付けて来て頬に音をたててキスをする。

「今日は寝かせないから…な」

「…うん」

ベッドに押しつけられるまでの間、じゃあ明日新幹線の中で寝ればいいか―などと思っていた。




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