●VIDEO 1●




「ここもうすぐ閉店だろ?この対局の検討さ、オレん家でしねぇ?」

「そうだな…そうしようか」





あの名人戦一次予選の対局以来、進藤はよくこの碁会所に来てくれるようになった。

その為キミと打てないもどかしさを感じていた頃とは一転して、今は充実した毎日を送っている気がする。

キミと打てるだけでこんなに満たされる自分が少し単純に思えたけど、学校帰り、手合い帰りのこの数時間が何よりの楽しみになっていた。

今日は僕の手合いが長引いてしまって、この碁会所に着いた頃には6時を回っていた。

それから進藤と一局打ってた訳だけど、終局の頃には案の定閉店の時間になってしまったのだ。

いつもはこの後1時間は検討する流れなので、それを進藤が自分の家でしようと言ってきた。



「塔矢、オレん家来るの初めてだな」

「そういえば…」

進藤の家には行ったことないな…。

もちろん彼だって僕の家にも来たことないけど。

なんだか急に親しい間柄になったようで…ちょっと嬉しくなる―。

「先に言っとくけど、あんまり片付いてないからな」

「いいよ、最初から期待してないし」

「うわっ、やな奴」

進藤がムッとして乱暴に碁石を片付け始めた。

「あーあ、結局2目半負けかぁ…」

ちぇっ…と進藤が舌打ちする。

それでもここに来だしてからの僕らの勝率は五分五分だ。

進藤の実力には本当に底が見えない。

まだ碁を始めてから3年だというのに――

うかうかしてたら抜かれてしまいそうで、少し不安になる。


「んじゃ、行こうぜ」

「あぁ」

受付の市河さんに挨拶をして二人とも碁会所を後にした。

「オマエんとこの終電て何時?」

「1時過ぎかな」

「じゃあまだまだ余裕だな」


進藤の家は意外にも碁会所からそんなに離れてない所にあって、徒歩15分ぐらいで着いてしまった。

「こんなに近かったんだ…」

目をあんぐり開けて驚いてる僕を見て進藤が笑った。

「そうだぜ。何せ小6ん時、家から一番近い碁会所に行ったらオマエがいたんだからな」

「そう…だったんだ」

ここならこれからも気軽に寄れるかもしれない…、とふと思ってしまった自分に赤面した。

来る機会があれば!の話だけど!


「ただ今〜。…つっても今日は誰もいないんだけどな」

「え?」

「父さんは出張で、母さんは友達何人かと旅行に出かけちゃっててさ」

「ふーん」

「でもその方が気がねなく打てるだろ?何なら泊まってってもいいぜ?」

「いや、ちゃんと終電までには失礼するよ」

「…オマエって真面目〜」

進藤が少し残念そうな顔をした。

泊まった方が良かったのかな…?

でも今日は着替えも何も持ってないし、明日も学校がある。

やっぱり無理だ。

「オレの部屋2階〜」

玄関を開けて、進藤はホール横にある階段から勢いよく2階に上がって行った。

「お、おじゃまします…」

僕の方も進藤の後に付いて階段を上る。


「へぇ…思ったよりかは片付いてるじゃないか」

「そうか?」

ベッドに冷蔵庫、テレビ、机…僕の部屋よりかは圧倒的にものが多いけど、この位が普通なんだろうな。

芦原さん達が僕の部屋に来る度に「相変わらず何にもない部屋だな」って言ってた意味が分かった気がする。


そして―

「碁盤…脚付きなんだ」

「おぅ!じーちゃんに頼んで買ってもらったんだ!オレの宝物!」

その言葉に嬉しくなる。

当たり前だけどやっぱり進藤も碁打ちなんだな、と。

ここで、この碁盤で、毎日勉強してるんだ。

「何か飲む?」

「いや、大丈夫だよ」

「そう?」

それじゃあ…、と進藤が自分の分のだけ取り出して飲み出した。

「んじゃさっきの一局並べようぜ」

「あぁ」

すぐさま検討が始まった。

相変わらず僕とは意見の食い違いばかりで、言い争そいが絶えなかったけど―。

「じゃあここはこう断ち切ればいいじゃん」

「そんな無理な手が通用するのはアマチュアか低段だけだ。こっちから攻められたら白は動きようがない」

「じゃあこの石はどうなるんだよ!捨てちまうのか?」

「違う!黒がこう攻めたら白はこっちを守るしかないんだ!その石に構ってる余裕なんかない!そんなことも分からないのか?!」

「オマエの手筋なんて理解出来ねぇよ!」

「そんなことだからいつまで経っても初段なんだ!キミは!」

「何だと?!ちょっと三段だからって偉そうに!見てろよ!すぐに抜いてやる!」

「出来るものならやってみろ!」

「けっ!やな奴!」

進藤がヤメヤメとベッドに上がって横になってしまった。

「はぁ…」

溜め息をつきながら僕も碁石を片付け始めた。

何でいつも進藤とはこうなってしまうんだろ…。

親しくなろうと思えば思うほど遠ざかってる気がする…。

今日はもう帰ろうかな…。


「…そういやビデオ見ねぇと」

「え?」

「明日院生の友達に返す約束なんだ。塔矢、テレビの上に置いてあるやつかけて」

「これ?」

「うん、リモコンはその右のやつな」

ベッドの上から指示を出す進藤に黙って従う。

「何のビデオ?映画?」

「見りゃ分かるって」

進藤が見るものじゃ碁の番組の録画…ってことはまずないよな…。

気になって再生ボタンを押してみた。

「…あぁぁ、んっ」


ブチ


すぐさま停止ボタンを押した。

「何で消すんだよ!オマエ!」

「何でって、キ、キミ、今の」

「エロビだよ!見たら分かるって言っただろ?」

「え、えろ…」

一気に顔が真っ赤になってしまった。

「キミはこんなもの見るのか?!」

「何だよ、別にフツーじゃん?」

進藤が身を乗り出してきて、僕からリモコンを奪った。

「…まさか塔矢見たことねぇの?」

「え…」

進藤がニマニマしながら聞いてくる。

「んじゃ一緒に見ようぜ」

「え、遠慮しておく!」

少し興味はあるけど、それをなんで進藤と見なくちゃならないんだ。

「勉強になるぜ?将来の!」

「そんなもの見なくても手順ぐらい知ってる」

「んなのオレだって知ってるさ。でもやり方って無限にあるんだぜ?ちょっとは勉強しとかないとすぐ飽きられるかも」

そう言って進藤がまた再生ボタンを押した。



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