●WANT TO MARRY 7●
12月14日――僕の誕生日。
ついに今日で26歳だ。
26…。
「はぁ…」
今年も結婚どころか婚約もしないまま迎えてしまった…。
このまま一生出来なかったらどうしよう…。
いや、何がなんでもするぞ!僕は!
もう今年プロポーズしてくれなかったら、僕の方からしてやる!
「アキラさん、この後一緒にお買い物に行かない?今日は夜まで暇なんでしょう?」
「うん、いいよ」
朝食の時間に母が突然言い出した。
朝食――家族3人が揃う大切な団欒の時間だ。
結婚したら…もう3人で食べることもほとんどないんだろうな…。
結婚したら……の話だけど。
「そろそろ一月の定例行事用の振袖も新調しなきゃね。もちろん今年で最後になるといいんですけど!」
「はは…」
振袖を着るのは独身女性だけだからな…。
僕も早く留袖になりたいよ…。
「進藤君は今日、棋聖リーグの最終戦だったね」
「あ、はい」
「アキラは棋院まで見に行かないのか?」
「………」
「あら、そんなことする必要ないわよ。どうせ夜に会う約束をしてるんですから、内容が知りたければ進藤さんに後で並べてもらえばいいだけのことでしょう?」
「だが打ったもの同士の検討に加わるのが一番勉強になる」
「そうですね。じゃあ見に行ってみます」
そう言った僕を見て、母が溜め息を吐いてきた。
「もう…。行洋さんもアキラさんも囲碁ばっかり…。せっかくお買い物の後に一緒にエステに行こうと思って…予約までしたのに。検討に加わるのだったら間に合わないわ…。美容室だってキャンセルしなきゃ…」
…どうやら母は進藤に会う前に僕を磨きたかったらしい。
でも別にそんなのことをする必要はない。
今更誕生日だからって…特別なことがあるわけじゃないし…。
それでも、少しは期待してしまうこの女心は一体なんなんだろう…。
進藤。
今年の誕生日プレゼントは何?
僕にとって一番のプレゼントは―――キミからのプロポーズだよ。
「じゃあお母さん、このまま僕は棋院に向かいます」
「ええ。進藤さんによろしく」
銀座の松坂屋前で母と別れた僕は、地下鉄で市ヶ谷に向かった。
着いた時には既に17時を回っていたけど、盤面を見る限りでは目立った差がついているわけでもなく、まだ互角状態だ。
隣りの部屋で行われている検討に僕も加わりながら――ただ終局を待った。
そして19時を少し過ぎた頃――
「ありません」
と負けを認めたのは西田九段。
直ぐに検討が始まったので僕らもそれに加わって、敗着の一手やその前の進藤の上手い誘導について、ここが良かった、こうしたらまだ巻き返す余地があった、などと意見を交わしあった。
僕のすぐ隣りに座っている進藤。
初の棋聖の挑戦権を得た彼は、いつもより凛々しくて…格好良く見える。
その彼が僕のライバル。
僕の恋人。
何だかすごく誇らしい…。
「じゃあ進藤君、上でちょっと取材いいかな?」
「あ、はい」
出版部の人に呼ばれた進藤は、下のロビーで待っててと僕に目で合図して、エレベーターで上に行ってしまった。
時計を見ると既に21時。
お腹すいたな…。
どこでもいいから何か食べに行きたい。
そして…彼の家に行きたい。
ホテルでもいい。
とにかく帰りたくない。
今夜ぐらいはずっと一緒にいたいな…―
「塔矢、お待たせ」
「取材終わった?」
「ああ。緒方先生とどんな勝負がしたいかネチネチ聞かれたぜ」
「はは」
棋院を出て、駅に向かう真っ暗な路地に入った途端――進藤は僕を抱き締めてきた―。
「誕生日おめでとう…塔矢」
「…ありがとう」
そのまま軽く口にキスをされた―。
「オマエが検討に来るとは思ってなくてさ、プレゼント家にあるんだ。取りに来てもらってもいいか?」
「うん」
手を繋いで坂を下りて行く僕ら。
大通りに入ったら直ぐに彼は手を上げて――僕らはタクシーに乗り込んだ。
進藤のマンションは棋院から地下鉄で3駅先の住宅街にある。
12階の2LDK。
4年前からずっと彼はここに住んでるから、もちろん僕は今までに何度も来たことがある。
泊まったこともある。
リビングに向かう途中にある寝室。
少し開いたドアの向こうに見えるベッドで……僕らは何度体を重ねたことか。
……だけど、ここ数ヶ月はさっぱりだ。
3ヶ月前の彼の誕生日にさえ…僕らはしなかった。
もう10年も付き合ってると、それぐらいが普通なのかな…?
じゃあ今日は?
今夜も無しなのか…?
僕の両親に遠慮してる…?
でも今更…外泊ぐらいで何も言われないよ?
ね、進藤。
今日ぐらいは一緒に居ようよ…――
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