●WANT TO MARRY 5●
僕のウェディングドレス姿が見たい、と笑顔でほざいた進藤。
見たいなら、見れる状況にさっさとすればいいのに!
プロポーズしてくれればいいのに!
イライラが治まらなくて、会場に戻る前に僕はトイレに駆け込んだ―。
意味もなく手を洗って、鏡に映る…パーティー用のドレスを着た自分の姿を見つめてみる。
『綺麗だよ』
と彼が褒めてくれたこの姿。
結婚式だと、新郎新婦の友人が着るようなドレスだ…。
嫌いではない。
でも僕は早く…新婦が着る方のドレスが着たい…。
もしあの質問をされた時、僕が18でしたいって言ってれば…キミは18で結婚に踏み切ってくれてたのかな…?
20って言っていたら本当に20で…?
30って言っていたら本当に30まで待ってくれた…?
…だけど実際に考えなしの僕が答えた台詞は…『結婚なんかしたくない』…だ。
彼はいつも僕の意見を尊重してくれる。
だから今回もその通りに…?
僕がしたくないと言えば…本当にキミは諦めてしまうの?
だからプロモーションのモデルを引き受けたのか?
本物が出来ないのなら、せめて似非の結婚式で…僕のウェディングドレス姿が見たいって…――
……僕はそんなの嫌だ……
「あ、塔矢君。名人位防衛おめでとう」
「ありがとうございます、亀島会長」
再び会場に戻ると、僕の後援会会長・亀島代議士に挨拶された。
元は父の後援会の役員だった亀島氏。
進藤の後援会会長が財界の大物なら、この人は政界の大物と言ったところだろう。
見た目も立場も対象的な二人だけど意気が合うらしく、いつも二人で僕と進藤を結婚させようと色々しかけてくる。
今回のプロモーションモデル作戦もその一つ。
でも今の僕にとっては正直ありがたい話だ――
「そうそう、進藤君も例のモデルの件受けてくれたそうだよ。ついさっき水城君の方から連絡があってね」
「あ、私の方も先ほど進藤から直接聞きました」
「それは何より。進藤君の新郎姿も楽しみだねぇ」
「ええ…そうですね」
「撮影の日は私は会議で見学出来ないんだが、完成品を楽しみにしておくよ」
「ありがとうございます。モデルなんて初めてですが、精一杯頑張ります」
「はは、まあ肩の力を抜いて気軽にね。じゃあまた」
「はい」
撮影の日は12月23日だと聞いている。
仕事のスケジュールも、僕と進藤はいつの間にか23〜25日はオフになっていた。
撮影ついでにクリスマスも二人で過ごせってことなのかな…?
でもここ数年はクリスマスも仕事仕事だったから、久々にのんびり一緒に過ごせそうだな。
楽しみだ――
「ただいまー」
「お帰りなさい、アキラさん」
家に戻ると、待ってましたと言わんばかりに玄関で母が待ち構えていた。
「進藤さんと何か進展あった?」
「まさか。話自体そんなに出来なかったよ」
「そう…」
明かに残念そうな顔を母がしてくる。
「次に会うのはいつ?」
「進藤が明日から大阪だし、入れ違いで僕も名古屋だから……たぶんもう僕の誕生日まで会えないかな」
「まぁ!誕生日は一緒に過ごす約束をしたのね」
「んー…でも進藤の棋聖の最終が夜まで縺れ込むだろうから、会えても夜中だけかな」
「あら、それも素敵じゃない」
意味深に母がふふっと笑う。
…でも母が期待するようなことは起きないと思う。
進藤は日が変わるまでに僕の家に来ると言っただけだ。
ただ単に『おめでとう』を言いに来るだけ。
たぶんプレゼントをくれて、少し話して、そしてキスでもしたらすぐに帰るだろう。
次の日も彼は朝からイベントの手伝いが入ってたはずだし。
僕だって棋院で指導碁の仕事が入ってる。
そんなハードスケジュールの中、無理に一晩中一緒にいたいとは今更思わない。
だけどもうどのくらい体を重ねてないんだっけ…と現実的なことを考えると、特別な日ぐらいは一緒に朝を迎えたいような気もする。
クリスマスは一緒に過ごせそうだけど……出来たら誕生日も…。
そう思うのは僕だけなのかな…――
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