●WANT TO MARRY 2●
「じゃあ最後にもう一問だけ。塔矢プロとのプライベートのことなんですが…」
ここ数年――必ずといっていい程雑誌の取材で聞かれる、塔矢との関係についての質問。
『婚約』とか『結婚』とか、先走ったものだと『子供』についてまで聞かれることもある。
でも、いつも曖昧にしか答えてないオレ。
だって…もしかしたら塔矢の目にも入るかもしれねぇじゃん?
下手に夢物語語って、塔矢に軽蔑…とまではいかなくても、引かれたり…呆れられたり…嫌がられたりしたらと思うと…。
『結婚なんてどうだっていい。別にしたくない』
付き合いだして間もない頃に言われたこの言葉が、未だにオレの決断を鈍らせる。
プロポーズなんて同じ相手には一生に一度しか出来ないと思う。
もし今して、10年前と同じような答えが返ってきたらと思うと…――
確かにそれでも諦めずにプロポーズし続けるという手もある。
そしたらいつかは折れてくれるかも?
だけど折れて結婚されても自分が惨めになるだけだし…。
いや、塔矢のことだからあんまりしつこいと逆ギレされて、もう別れる!とか言われてしまいそうだ。
それだけは絶対に嫌だ。
オレには塔矢しかいないから、例え結婚出来なくても彼氏として一生塔矢の側にいたい。
塔矢に結婚願望がないっていうんなら、オレだって一生結婚なんかしない。
「進藤先生は子供好きって聞いたんですが…」
「え?ああ…そうですね。好きです」
「ご自身は何人くらい欲しいと思ってらっしゃるんですか?」
何人…。
そりゃあオレはもう出来ただけ欲しい。
だけど塔矢は子供より碁の方が大事なんだろうな…。
妊娠や出産や果ては子育てで手合いを休みたくないんだろうな…。
育児休暇は今は男でも取れるけどさ、さすがに出産を代わってやることは出来ないしな…。
はぁ…。
塔矢が望まないのならオレだって諦める覚悟はある。
だから今まで完璧に避妊してきたんだ。
そしてこれからも――
「あー…子供のことまではまだ考えてません」
雰囲気が重たくなってきたので、本日の取材はここで終了。
塔矢の受位式会場に向かいながら、またしてもオレは溜め息を吐く。
きっとこの式の間中も、お偉いさん方に結婚について突っ込まれるんだろうな…。
進藤本因坊・天元。
塔矢名人・碁聖。
共に囲碁界を背負って立つ二冠カップルは、後のものを引っ張っていく存在でなくてはならない。
見本でなくてはならない。
結婚すればもっと箔が付く。
色々遠回しに言われるけど、結局のところさっさと身を固めろってことだ。
オレだって塔矢さえ良けりゃ今すぐにでも結婚したいぜ!
「進藤!」
「和谷、久しぶり」
「今日倉田さん欠席だってさ。よっぽどショックだったんだろうな」
「はは、最初3連勝してた分余計な。…で、塔矢は?」
「まだ来てないみたい」
と和谷が言ったのと同時に、後ろがざわめき出した。
名人・塔矢アキラ九段のお出ましだ――
「おー、今日は一段とすげぇ決めよう。やっぱ塔矢って緑似合うよな」
「うん…そうだな」
「未来の旦那としての感想は?」
「…キスしたい」
プッと和谷が吹き出した。
「なら、さっさとしてこい。例えここでしても今更誰も何も言わねぇよ」
背中を塔矢の方にポンッと押された。
オレに気付いた塔矢が早足で駆け寄ってくる。
「進藤」
「おめでとう、塔矢」
「ありがとう」
ニコッと微笑む塔矢の頬にそっと片手を添えて――反対側の頬にキスをした。
途端に周りから歓声があがる。
カメラのフラッシュが光る。
「綺麗だよ」
「ありがとう…」
「でもドレスは女流棋聖の受位式時と同じだな」
「そんな昔のことよく覚えてるな。仕方ないだろう?今年だけでもう6回目だし…。買いに行く時間がないんだよ。一応髪型とコサージュとアクセサリー類は変えたんだが…」
アクセサリーと聞いて、自然と塔矢の指に目がいった。
去年の誕生日にオレがあげた指輪をしてくれてる。
もちろん薬指に。
でも…右手だ…――
「…進藤、キミも今度の最終に勝ったら、ついに棋聖の挑戦者だな」
「ああ、棋聖戦でここまで来るの初めてだから異様に楽しみ。緒方先生と久々に七番勝負やりてぇなぁ…」
「でもその最終……14日だってな」
「うん…ごめん。絶対に勝って、日が変わる前にお前ん家行くから」
「楽しみにしてる…」
14日は塔矢の誕生日。
3ヶ月遅れで塔矢が26になる日。
一緒に祝うのはもう何回目だろうな。
昔はお互いの誕生日ともなれば、事前に計画して、絶対に前日・当日は予定を空けてたのにな…。
10年という年月は全ての行事において新鮮味をなくしてくれる。
お互いの気持ちは変わってない気がするのに…。
でも今は無理に時間を合わすこともない。
無理にデートしようとも思わない。
無理に抱きたいとも思わない。
慣れって怖いな…。
楽だけど……でも、どうせならそういう慣れは夫婦として迎えたかった。
出来ることなら今すぐにでもプロポーズしたい。
その夫婦とやらになりたい。
でも失敗しない為にも……先に塔矢の気持ちが知りたい。
塔矢…。
今も結婚なんてどうでもいいって思ってる?
したくない?
オレはしたいよ。
今すぐにでも――
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