●WANT TO MARRY 1●




「塔矢はさ、何歳ぐらいで結婚したい?」

「は?結婚?そんなのどうだっていいよ。別にしたくない」

「そう…なんだ」




今思うと…彼は尋ねる時期を間違っていたのだと思う。

そんな質問、16になったばかりで囲碁しか考えてなかった僕に尋ねてもムダだってことぐらい、普通分かるだろう?

それなのに……適当に答えたその回答を真面目に受け取ってしまったキミ。

それ以来…進藤が『結婚』の二文字を口に出すことはなかった。



もちろん10年経った今でもだ――













「男性が32.8歳、女性が29.1歳…か。また上がったな…」

美容室でたまたま目に止まった女性週刊誌。

今年の平均結婚年齢を大きく取り上げていたので、思わず見入ってしまった。


「そういうの見ると焦りますよねー」

「え?あ…そうですね」

セット途中の美容師さんが話しかけてきた。

慌ててその雑誌を閉じる。


「私今年でその29なんですよ。でも絶対に今年中なんて無理そう…」

はぁ…と美容師さんが溜め息を吐いた。


「塔矢さんの方はどうなんですか?進藤プロと…」

「はは…、夢のまた夢って感じです」

「でももう婚約はしてるんですよね?」

「………」


進藤と僕が付き合いだしたのは15の終わり。

もう10年も付き合ってると囲碁関係者はもちろん、ちょっと囲碁界を知ってる人なら誰もが僕らの関係を知っている。

もちろんこの美容師さんも例外ではない。


「進藤は…結婚の『け』の字も口にしてくれなくて…」

「え?そうなんですか?」

彼女が意外そうな顔をした。

それもそのはず。

進藤は見た目に反して、真面目、仕事熱心、子供好き、高収入という『夫にしたい男』(某雑誌調べ)のベスト10に名前が入るような奴なんだから。

そしてもう10年も付き合ってる彼女がいるとなれば、既に婚約ぐらいは当たり前、結婚は秒読み、というのが世間一般の見解だろう。

だけど実際はそうじゃない。

僕らの間ではいつの間にか『結婚』という言葉がタブーになってるんだ。

僕と一緒にいる時に周りがその話をし出すと、彼は必ずと言っていいほど席を外すか話題を変える…。

雑誌や週刊碁の取材で僕らのことを聞かれても、曖昧な返答ばかり。

『今は碁に集中したくて』

とか

『そのうち』

とか。


そのうち…って一体いつなんだ?!

僕はもうすぐ26になるんだぞ?!

確かに16の僕は結婚なんてどうでもいい、別にしたくないって思ってたよ?!

だけど人間の気持ちなんて状況次第ですぐに変わるものなんだ!

僕がいつまでもそう思ってるなんて思うなよ?!

いい加減にそのことに気付いてくれ!

さっさとプロポーズしてくれ!


「んー…やっぱり長く付き合ったカップルだとタイミングが難しいのかなぁ…。あ、そういえば何かの雑誌で、そういうカップルは子供が出来たことを切っ掛けに踏み切る場合が多いって書いてましたよ?」

「子供…」

確かに子供が出来たら…進藤は結婚に踏み切ってくれそうな気がする。

だけど実際には嫌味ったらしいぐらい避妊を怠らない彼。

僕の生理期間から排卵日を予想して、避けた上で付けて、おまけに外に出すという念の入れよう。

何でそこまでする必要があるんだ?

今更…別に出来たっていいじゃないか。

そんなに子供が出来たら困るのか?

子供向けのイベントや囲碁教室には、頼まれてもないのに暇さえあれば手伝いに行くぐらいのキミなのに!

自分の子供は欲しくないと?!


もう…意味分かんない…――









「ただいまー」

「お帰りなさい。まぁ、綺麗にセットしてもらったのね。今日の主役ですものね〜」

「式まで時間がないから、着替えたらすぐ出るから」

「ドレス出してるわよ」

「ありがとう」


二度目の名人位・防衛を先日果たした僕。

今日はその受位式だ。


僕のドレス姿を見て母が溜め息を吐いた。

「そんなパーティードレスより…私はウェディングドレス姿のあなたが見たいわ」

「………」

「進藤さんたら、いつになったらその気になってくれるのかしら…」



『今のままだと一生ないと思います』



そう心の中で呟いて、僕は家を出発した。

タクシーの中で僕の方も溜め息を吐く。


もういっそのこと…僕の方からプロポーズしてやろうか…。

…いや、出来ればそれだけは避けたい。

僕にだって女としての夢がある。

キミの方から一生一緒にいたいって言われたい…。



進藤…。


本当にキミはいつになったらプロポーズしてくれるんだろうね…――

















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