TIME LIMIT〜有休編〜 4〜一ノ瀬視点〜





「先輩の奥さんって国家公務員って本当ですか?めっちゃいいじゃないですか、うちの嫁と大違い」




オレより一つ下のその後輩は、家事育児を全て妻がしてくれていて

自身は学会にも行きまくって、毎日遅くまで好きなだけ研究して論文発表して。

結果を残して上司の教授の覚えもいい男だった――



 

 

 

 

 



「千明…」

「今の話……なに?」



真っ青になってる彼女の顔。

須本との会話を聞かれてしまったらしい。


「何で?どうして離婚なんて考えてるの…?」


何で。

どうして。

本当に分かってないみたいで苛つく……


「あー…俺、綾ちゃん預かるな。明菜も帰って来たと思うし」


須本が綾を抱いてその場を立ち去った。

オレの方も千明の腕を掴んで部屋に連行する。

ドアを閉めて、誰にも邪魔されないようチェーンまでかける。


「凌…、私に不満があるの?」

「…ああ」

「私が仕事ばっかしてるから?」

「…そうだな」

「でもそれは話し合ったよね?凌だって私のキャリアを応援してくれるって…」

「そうだな…、応援はしてるよ。でも、だからって何でオレが全部引き受けないといけないわけ?オレのキャリアはどうでもいいわけ?」


どうせ壊れるなら、この際全部吐き出そうと思った。

結婚してからずっと蓄積してきた不満を――


「だいたい何で保育園の緊急連絡先がオレの方なわけ?」


迎えに行けるわけでもないのに。

毎回お義父さんに頼みこむのが何でオレなんだろう。


「綾が感染症にかかって1週間休まなくちゃいけない時だって、何で全部オレが休まないといけないわけ?」


病院にどれだけ迷惑をかけてるのか本当に分かってる?

もちろん同僚は温かく了承してくれる、いい職場だと思う。

でも――当然上司からの評価は下がる。


「オレは須本や櫻井みたいにそのうち引き継ぐ病院もない。今の大学病院で結果を残さないといけないのに、綾の為に毎日定時で帰らないといけないのがもどかしい」


オレだってもっと研究したい。

専門分野を究めたい。

でもその為の時間がない。


「それなのに、自分のことばかり考えてる千明を見てると……ウンザリする」


はなから自分は一切休む気がない、綾の為に、オレの為に少しでも早く帰ろうとしてこない妻に嫌気がさす。

上司に注意されるくらい有休が有り余ってるのに、オレらの為に一切使おうとしない妻が憎い。


「……ごめんなさい」


千明が謝ってくる。

別に謝って欲しいわけじゃない。

本当にオレが欲しいのは――感謝の気持ちだ。

でも、それよりも欲しいのが――


「オレが本当にほしいのは……愛情表現だよ」


オレが今一番不満に感じてるのは、オレがこんなにも家族に尽くしてるのに、一切感じられない妻からの愛だ。

これさえあれば、オレは頑張れるのに。

もっと、今以上に尽くせるのに。

これさえあればオレはキャリアなんて無くても幸せなのに――


「凌…」

「千明はオレのこと…もう空気みたいに思ってるんだろ」

「そんなことない…」

「もう夫じゃなくて、綾の父親としてオレを見てるんだろ」

「そんなことない…!ちゃんと好きだよ…」

「ちゃんと好き、でも別にセックスはしたくないって?」

「…そんなことない」

「オレにはそうとしか見えないけど?」


どうしても我慢出来なくて、月に一回は妻を求めるオレ。

でも千明はいつも渋々という感じで、それを受け入れてくる。

ほとんど濡れなくて。

セックス中、オレが達するのをただ待ってるような態度を取ってくる。


「疲れてて…、…ごめんなさい」

「オレを相手するより…、千明は仕事がしたいんだもんな…」


言ってるこっちも情けなくなってくる。

こんなの、オレか仕事か、どっちが大事なんだと――まるで面倒くさい女のセリフだ。

分かってるのに、それでも口が止まらない。

不満が止まらない。

嫌になる。

もういっそのこと、千明から離れたくなる。


「そんなに仕事がしたいなら…、すればいいよ。オレなんかいない方が相手しなくていいから…、好きなだけ出来るだろ」

「え…?」

「綾もオレが引き取るから。これからは一人で好きなだけ仕事をすればいいよ」

「待って、やだ…、そんなこと言わないで…!」


彼女が縋ってくる。

焦ったように。

ようやく危機感を覚えたように。


「本当にごめんなさい…!凌の気持ち全然分かってなかった。自分のことばかり考えて…、甘えてた」

「……」

「確かに仕事は好きで…、大事だけど。でもそれは家族を失ってまでじゃない…」

「……」

「ごめんなさい…、今言われたこと直すから…、ちゃんと考えるから。だから…」


もう一度だけチャンスを下さい――そう千明に頭を下げられる。

彼女の肩は震えていた。

オレを繋ぎ止めようと必死なんだろう。

少しだけ…怒りが収まってくる。



「オレは…、千明のことが好きだよ……今でも」

「凌…」


あの高校の卒業前に告白した時と、何一つ気持ちは変わってない。

一人の女性として大好きで、愛している。

愛する彼女の為だから育休だって代わりに長く取って、今まで頑張ってこれたのだ。


「オレだって本当は離れたくない…」


ずっと傍にいたい。

一生一緒にいたい。


でも、プラトニックな関係は嫌だ。

レスは嫌だ。

愛する妻と、体でも愛し合いたい。

今みたいに一方的にオレだけが求める無理矢理のようなセックスじゃなくて、ちゃんと愛のある行為がしたい。


「凌…、さっきお風呂で言ってくれたよね?」


今夜。

綾が寝たら。

抱いていい?と――


「綾…、まだ寝てないけど…、いないからいいよね」


オレの手を取って……ベッドにオレを連れて行く彼女。

端に二人で座った後、ぎゅっとオレの胸に抱き着いてきた。


「私も凌のこと…今でもずっと好きだよ。求めてくれた時はいつも嬉しかった…」

「…あんなに反応薄かったのに?」

「疲れてたから。でも、もっと求めてって内心は思ってたんだからね」

「…いや、それは言ってくれないと分からない」

「じゃあこれからはちゃんと言うから…、凌もちゃんと相手してよね?」


オレの方も彼女の体をぎゅっと抱き締め返した。


「当たり前だろ…」


視線を合わせたオレらは、ゆっくりと顔を近付けて……再スタートの口付けをした――

 

 

 


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