TIME LIMIT〜有休編〜 3〜一ノ瀬視点〜





「さすがに毎晩シてたら…、ちょっと疲れてきたかも…」




須本が結婚して約1ヶ月。

昼飯を食べながらボヤいてきた親友のひと言に、オレはお茶で噎せた。


「大丈夫か?」


ゴホゴホ苦しむオレの心配をしてくる須本に、

「いやいやオマエの方こそ大丈夫か?10代じゃないんだからな」

とツッコむ。


「そうなんだよなぁ…、でも明菜ちゃんが可愛すぎて自制出来なくて」

さすがに複数回するのは最近ようやく脱出出来たんだけど…とか吐かしてくる。

絶倫かよ…、とツッコミたくなった。


「一ノ瀬は新婚の時、どれくらいシてた?」

「……週末だけかな」

「え、マジで?よく我慢出来るな…」

「まぁ…オレらは交際10年以上してからの結婚だしな」

「あー…倦怠期ってやつ?」

「……」



オレと千明だって、付き合い始めたばかりの大学生の時は…毎晩のようにしていた。

遠距離だったせいもあってか、会えた日はシまくってた記憶がある

大学卒業してこっちに帰って来てからも、もちろんデートの度に。

それがデートでもシなくなったのはいつからだろう。


結婚してからは最初こそは毎週末していたけど…、7月に千明の妊娠が分かってからは……皆無になった。

生まれたらきっとまた出来るようになると高を括ってたわけだけど…、産後休暇が終わったらすぐに復職したいとか言い出すし。

オレが育休に入ると毎晩22時とかに帰ってきて、まるで独身の時のような働き方をしてきた妻。


(須本と明菜ちゃんが来てくれてなかったら正直参ってたかもしれない…)


いい加減我慢の限界が来て、彼女が休みの日に無理やりセックスになだれ込んだのは綾が8ヶ月くらいの時だっただろうか。

それ以降、今は月1ペースで一応は出来ている。

ほぼオレの方から求めてるけど……


それなりに前戯もしてるつもりだけど、疲れてるからかあんまり濡れてこない妻を無理矢理のように抱くことも少なくなくて……正直これからどうなるんだろうって思う。

きっとオレの方からも求めなくなったら……オレらは完全にレスになるんだろう。



「一ノ瀬?大丈夫か?」

「……ああ」


物分かりのいい夫を演じれば演じるほど、オレの中で不満が溜まっていって……いつか爆発しそうで怖い。

その前に何か解決策が見つかればいいけど……


「まぁ…須本もほどほどにしておけよ。もうすぐ明菜ちゃんも夏休み終わるわけだし」

「そうなんだよなぁ…、頑張るよ」


オレも頑張ろう……



そう思ってたけど、相変わらず現状維持な生活が続く。

19
時に先に帰宅するオレがお義父さんから綾を受け取って、お風呂に入れて、寝かしつけて、家事をして。

全てが終わった22時を過ぎた頃、ようやく帰ってくる妻。

オレが準備した夕飯を無言で食べながら持ち帰りの仕事を始めた時には……もう溜め息しか出なかった。


(専業主婦になってくれる妻を選べばよかった…)


決して考えてはいけないことを……考えてしまうオレがいた。




そんなある日――


「凌はもう有休5日取り終わった?」

とか妻がオレに聞いてきた。

イラッとする。

そんなもの、綾が夏に手足口病になった時にとっくに取り終わった

綾がRSウィルスになった時だって全部オレが休んで一日中看病した。

「ごめんね」と言うけれど、絶対本気でそう思ってないだろって思う。

オレが休んで当たり前だと思ってるんだろ―――って喉まで声が出かかって、飲み込んだ。


「でも有休どうしようかな…、もうまとめて取っちゃうか」

という妻。

「どこか旅行でも行く?せっかくだし、オレも合わせるよ」

と物分かりのいい夫を演じて提案する。

「本当?温泉でも行く?」

温泉ね……そりゃいいや。

「いいね」

もし温泉に行っても現状維持なら………正直もう諦めようと思う。


この結婚生活を――








「あのさ…、今夜、綾が寝たら……抱いてもいい?」


千明が綾をお風呂に入れてる時、オレも無理矢理一緒に入って……もう一世一代の告白のつもりで妻に尋ねた。

もし拒否られてたら、きっとオレの心は完全に折れてただろう。


でも

「…いいよ」

という返事をくれた妻。

少しばかりホッとなる。

「よかった。楽しみにしてるな…」

と笑顔を彼女に向けた。



でも美鈴さんと明菜ちゃんと一緒に彼女が大浴場に出かけてしまって、娘と二人きりになると……また負の感情が渦巻いてくるオレがいた。

育休の時のような孤独感がオレを襲ってくる。

おまけに麦茶を喉に詰まらしたのかゴホゴホ噎せて、娘が泣き出した。


「あ……よしよし」


抱っこして背中を擦ってあげて……落ち着くのをひたすら待った。


(なんでオレばっかり…)

という惨めな気持ちになる。


(千明ばっかり仕事に全力投球出来てズルい)


(オレだってもっと研究に力を入れたいのに……今の限られた時間の中じゃ到底無理だし……)


(それどころかしょっちゅう綾が体調を崩して普通の勤務すらままならない……)


(お義父さんに頼ってばかりなのも申し訳ないし……情けないし……)


(それなのに千明には協力する気も更々なくて……なんで……)


涙が滲んでくる。

決して思ってはいけないことまで思ってしまいそうな自分が嫌になる。

考えてはいけないことまで考えてしまいそうで怖くなる。




ピンポーン


チャイムが鳴って、オレは慌てて涙を拭ってドアに向かった。


「明菜ちゃんが風呂行っちゃって寂しいからさ、一ノ瀬構ってよ」

と須本が中に入ってくる。

育休中もコイツがこうやってしょっちゅう来てくれて、何度助けられたか分からない。


「あれ?綾ちゃん涙目だな。どした?」

「ああ…、麦茶で噎せた」

「そっか」


小児科医のコイツが傍にいるだけでどんなに心強かったか、須本はきっと分かってないだろう。


「一ノ瀬も何か飲む?」

「…そうだな」


綾を抱っこしたまま一緒に自販機コーナーに向かった。


「何がいい?好きなの押せよ」

とお金だけ入れてくれる。

「じゃあ…水で」


ピッとボタンを押すと、ガタンと大きな音を立てて落ちてくるペットボトル。

綾を抱いたままだと上手くしゃがめなくて、須本が代わりに取って「ほら」と渡してくれた。


「ありがとう…」

「一ノ瀬…、お前大丈夫か?」


大丈夫か――そんなわけない。


「いや…、正直もう無理かも…」


限界かもしれない――今の生活に。


「一度ちゃんと千明さんと話し合えよ。溜め込むのはお前の悪い癖だからな」


須本はもしかしたら妻以上にオレを理解してくれてるんじゃないだろうか。

そんなオマエと義理の兄弟になれて本当によかったと思った――例え数ヶ月でも。


「分かってるよ…、今夜がもう最後のチャンスだと思ってる…」


決して口にしてはいけないのに。


「これでダメならもう…離婚でもいいと思ってる…」


本当はそんなことになってほしくないのに。


「親権は絶対に渡さないけどな…」


ずっと千明と一緒に子育てしたいのに――

ずっと二人で一緒に生きていきたかったのに――





ゴトンッ


物音に振り返ると、携帯を床に落とした千明が立っていた――

 

 

 


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