●TIME LIMIT〜元カノ編〜 3●





「久しぶり!」

「明けましておめでと〜」



新学期が始まった。

高校生にとって、長期の休みに入る前と後では関係が大きく変わってることもよくある話だ。

休み前はウザいほど教室でもイチャイチャしてたのに、新学期になると目も合わさない奴ら。

逆に休み前は初々しかったのに、新学期にはベタベタしてる奴ら。

きっとこの休み中に一線を越えたんだろう。

オレと矢部さんも一応そっち側で、この冬休み中にそういう仲になった。

とはいえ、だからって何も変わらないけど……


「進藤は矢部と進展なかったのかよ?」

と仲のいいクラスメートに訊かれる。

「…あったよ」

「え?マジで?ヤったってこと?」

「……まぁ」

「マジかーっ、いいよなぁ彼女持ちの奴はさ〜」

「……別に」


オレと矢部さんが付き合ってることは既にクラスメートのほとんどが知っている。

なぜなら交際を始めてから、オレらは一緒に下校することにしたからだ。

と言ってもお互いの家は反対方向なので、駅までのたった徒歩数分間だけだけど。

そしてもちろん今日も一緒に教室を後にした。



「明日は明人君、手合いでお休みなんだよね?」

「うん、天元戦」

「相手は?」

「緒方先生」

「わぁ…強敵だね」

「まぁね」


矢部さんは碁を打つ――つまりそれなりに囲碁界についても詳しかった。

今の囲碁界は完璧父さんの独壇場だ。

明日ある天元本戦も来週ある名人リーグも、全て最終的には父さんに挑戦する為の対局だ。

オレはまだ挑戦すらしたことがない。

既に神の領域にいると言っても過言じゃない父さんを除いても、強い棋士は他にもゴロゴロいるんだ。

(その筆頭が母さんと緒方先生かな…)

勝つためには日々の研究は欠かせない。

ぶっちゃけ、今のオレに余所見をしている暇はない――


「今週末、一緒にどこか出かけない?」

「……悪いけど」

「あ…もう予定入ってた?」

「そうじゃないけど、週末は基本碁盤の前にいたいんだ。平日は学校があるから2、3時間しか研究出来ないし。その分週末に時間取らないと…」

「そうなんだね…。ごめんね、頑張って…」

「うん…」


学校が始まってしまうと、授業と宿題と手合いと研究とで忙しさに目が回るようになる。

更に遠征やイベントなんかも入ってしまった週は……もう訳の分からないてんてこ舞いの忙しさだ。

両親は中卒だ。

オレも高校なんか行かなければよかった…と今まで何度後悔したことだろう。

やっと高2の3学期まできた。

仮卒まであと1年。

無事に乗り切れるだろうか……


高校すら卒業出来るか分からないのに、恋人との時間なんてまともに取れるはずがない。

もちろんその恋人が美鈴ちゃんだったなら…オレは意地でも取るだろうけど……



「じゃ、またな」

「うん…明日頑張って」

「うん」


駅に到着し、ホームが違うオレらは改札で別れた。

少しの躊躇いもなくアッサリ背を向けるオレに、きっと矢部さんも嫌気がさしてきてるんじゃないだろうか。

フラれるのも時間の問題だと思う――別に構わないけど。










2/14――バレンタイン。

流石にこの日は放課後少し長めに彼女と過ごすことにした。

駅前のセルフカフェに入って、手作りだというチョコを渡される。


「ありがとう…」

「上手く出来てるといいんだけど…」


手作りチョコに初めて挑戦したらしい。

さっそく包みを開けて、1粒だけ頂くことにする。


「うん…美味しいよ」

「本当?良かった!」


もちろん半分はお世辞だ。

確かに不味くはないけど……格別美味しいわけではない。

オレがそう思うのは、毎年美鈴ちゃんと姉さんがくれる義理チョコが既にプロってるせいだ。

今年はどんなチョコだろう。

彼女と会話しながらも、オレは早く家に帰りたくて帰りたくて仕方がなかった。


小一時間後、ようやくサヨナラ出来たオレはダッシュで家に帰った。

部屋に着くと、例年通り勉強机の上にチョコが5つ。

母さんから、姉さんから、明菜から、明良子から――そして美鈴ちゃんからのチョコ。

オレはもちろん真っ先に美鈴ちゃんからのチョコを開けた。

今年はトリュフだった。

おまけにメッセージ付き。


『明人君へ 学校の勉強と棋士の両立は大変だと思うけど頑張ってね。Happy Valentine's Day! 美鈴』


うん、頑張る。

ちゃんと高校卒業出来るよう勉強頑張る。

早くタイトルに挑戦出来るよう碁も頑張る。

何だか一気に滅茶苦茶やる気が出た気がした――









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