TIME LIMIT〜櫻井仁編〜 8〜シンシア視点〜





あの居酒屋の翌朝、ジンから真っ直ぐな英語で『責任を取る。君が好きだ』と告白されてから数日。

 

私たちは「一番弟子」のライバルから、本当の「恋人」になった。

 

 

そして迎えた、初めての休日。

ジンが私を連れてきてくれたのは、日本のベタなデートスポットの定番――東京ドームシティの遊園地だった。

 

 

「はい、シンシア。これ、冷たいレモネード」

『ありがとう、ジン』

 

 

ラフなシャツにジーンズ姿のジンは181pの長身がどこにいても目立つほどハンサムで、すれ違う女の子たちがみんな彼を振り返る。

 

普段の病院での厳しいポーカーフェイスはどこへやら、私を見る彼の瞳は驚くほど優しくて、それだけで私の心臓は朝からずっとうるさいくらいに脈打っていた。

 

今日の私は、お団子頭もスクエアメガネも外して、ふわふわの天然パーマの金髪を下ろしている。

 

コンタクトレンズの視界に映るジンの笑顔が眩しくて、なんだか10代の少女に戻ったように胸が高鳴った。

 

二人でジェットコースターに乗って絶叫し、お揃いのキャラクターのチュロスを食べ、日本のポップなアトラクションを全力で楽しんだ。

 

35歳までハーバードの厳しい競争とシンシナティの研究室にこもり、エンターテインメントなんて無縁だった私にとって、ジンのエスコートで体験するすべての景色が、まるで魔法にかかったように新しくて、愛おしかった。

 

 

 

 

 

 

楽しい時間はあっという間に過ぎ、夕暮れ時。

遊園地の象徴である大きな観覧車のゴンドラに、私たちは二人きりで乗り込んだ。

 

ゆっくりと上昇していくゴンドラ。

 

窓の外には、茜色から深い藍色へと染まっていく東京の美しい夜景が広がり始めていた。

 

 

『……綺麗ね、ジン。日本にこんなに素敵な場所があるなんて知らなかったわ』

 

私が窓の外を見つめながら呟くと、ジンは向かいの席から立ち上がり、私の隣へと移動してきた。

 

彼の大きな体がすぐ横に並び、ソファがわずかに沈む。

 

ジンの体から漂う、いつも通りの清潔な石鹸の香りに、急に室内の空気が熱を帯びた。

 

 

『シンシア。……外の景色も綺麗だけど、オレにとっては、今ここにいる君の方がずっと綺麗だよ』

 

 

ジンが私の耳元でそっと囁いた。

 

「な、何言ってるのよ、バカジン……」

 

恥ずかしさで顔がカッと熱くなり、いつものツンとした日本語でそっぽを向こうとした瞬間、ジンの大きな手が、私の頬を優しく包み込んだ。

 

彼の手の温もりが、遮るもののない私の碧眼に真っ直ぐに伝わってくる。

ゴンドラが一番高い頂点へと達したその瞬間、ジンの端正な顔がゆっくりと近づいてきて、私たちの唇は自然と重なり合った。

 

初めての夜の、お酒の勢いに任せた激しいキスとは違う。

しらふの、恋人同士としての、驚くほど優しくて、深くて、だけど体の芯がとろけてしまいそうなほど情熱的なキス。

ジンの長い指が私のふわふわの金髪にそっと絡まり、引き寄せられるまま、私は彼の広い胸に両手を預けて夢中でその唇を受け入れていた。

 

 

 

(ああ……私、本当にこの生意気な年下の男の子に、狂おしいほど溺れているわ……)

 

 

 

ゆっくりと地上へ降り、観覧車を出たロビー。

心地よい夜風が、私たちの火照った頬を優しく冷ましていく。

 

出口へ向かって歩き出そうとしたその時、私の右手を、ジンの大きな手がすっと力強く握り締めた。

 

 

「……シンシア」

 

 

ジンが立ち止まり、日本語の、だけどいつもより少し低くて色っぽいトーンで、私の目を見つめてきた。

 

彼の耳の裏が、街灯の光の中でほんのり赤くなっているのが分かる。

 

 

「この後さ……もしよかったら、オレの家に来ない?……もっと、君と一緒にいたいんだ。ダメかな?」

 

 

少し照れくさそうに、だけど真っ直ぐに私を求める彼の瞳。

一人の男としての隠しきれない情熱が、その握られた手の強さからダイレクトに伝わってきた。

 

そんな顔で誘われて、拒めるわけがない。

 

私はいつもの勝ち気なドクターの笑みをふっと咲かせると、彼の大きな手をキュッと握り返した。

 

 

『いいわよ、ジン。あなたのそのストレートなアプローチ、合格よ。……今夜は朝まで、私のボーイフレンドとしての義務をたっぷり果たして頂戴ね?』

 

「……っ、任せてくれ」

 

 

ジンは嬉しそうに目を細めると、私の体をさらに強く引き寄せて駅へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

ジンのマンションのドアが閉まった瞬間、世界は一気に二人だけの濃密な空間へと切り替わる。

 

パチ、とリビングの明かりが灯る。

 

昼間の遊園地の賑やかさから一転して、静まり返った室内には、どこか私の心を焦らせるような、ジンの部屋独特の清潔な石鹸の香りが満ちていた。

 

 

「シンシア、上着、貸して。……あ、お茶淹れるから、そこに座ってて」

 

 

181pの体躯を少しそわそわと揺らしながら、ジンが私のジャケットを受け取る。

 

そのポーカーフェイスの裏にある緊張が、キッチンへ向かおうとした彼のシャツの裾を後ろからすっと引っ張った私の指先へと、かすかな熱量として伝わってきた。

 

 

『……ジン。お茶なんていらないわ』

 

 

私の胸の奥の熱を伝える。

ジンが驚いたように振り返った。

 

メガネを外した私の碧眼が、真っ直ぐに彼を捉える。

 

 

『もっと、近くにきて……』

 

「シンシア……っ」

 

 

その言葉が引き金だった。

ジンはハーブティーの準備なんて放り出して、弾かれたように私をソファの上へと押し倒した。

 

昼間の観覧車で見せた優しいキスとは違っていた。

 

私の体をどこまでも気遣い、傷つけないようにと必死に理性を保とうとしながらも、一人の27歳の男としての、私を狂おしいほどに求める情熱が、重なる唇の熱さからダイレクトに伝わってくる。

 

 

「ずっと、こうして君に触れたかった……。病院にいるときも、ずっと頭の片隅に君がいて、おかしくなりそうだったんだ」

 

 

彼の切なげな告白が私の耳元を震わせる。

ジンの大きな手が私の頬を包み込み、深く貪るように幾度も唇が重ねられた。

 

ふわふわの天然パーマの金髪がシーツの海へと鮮やかに広がった。

 

 

『ジン……愛してる。好きよ、本当に……』

『俺もだ、シンシア。……一生を懸けて、君を幸せにする』

 

 

お酒の力を借りる必要なんてどこにもなかった。

 

心も体も完全に「しらふ」の状態で、互いの肌の温もりを、吐息を、名前を呼ぶ声を、世界のすべてを拒絶するようにして確かめ合う。

 

ジン181pのしなやかな体躯が私の体を包み込み、彼の大きな手が私の肌を優しく、だけど確かな愛の強さでなぞっていく。


彼に触れられるたびに、私の体の芯から甘い疼きが広がり、切ない吐息が何度も零れ落ちた。

 

普段の生意気な年下の姿はどこへやら、今の彼は、独占欲に満ちた一人の男の目で私だけを見つめている。

 

 

『ジン……、もっと……っ』

『シンシア……愛してる。君のすべてを、オレにちょうだい……』

 

 

熱く火照った体同士が何度も重なり合い、彼の広い背中に私が夢中で爪を立てる。


完璧な発音の英語で一晩中紡がれる彼の甘い愛の言葉に、私は心地よい目眩を覚えながら、ただひたすらにジンの温もりを貪り、彼にすべてを委ねていた。

 

ジャスミンのような私の甘い香りと、彼の石鹸の香りがベッドの中で濃密に混ざり合い、私たちは夜が明けるのも忘れて、深く、狂おしいほどに溶け合っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。

 

小鳥のさえずりと、カーテンの隙間から差し込む朝の光に、私は目を覚ました。

 

 

「……ん」

 

 

体を少し動かそうとして、心地よい重みに気付く。

見ると、ジンが私の腰に大きな手を回したまま、まだ幸せそうに静かな寝息を立てていた。

 

寝起きの彼の顔は、病院でのツンとしたシリアスな表情とは違って、驚くほど無防備で、ずるいくらいにハンサムだった。

 

ゆっくりと上体を起こすと、私のふわふわの金髪が肩からサラリと零れ落ちる。

 

ジンの大きめの白シャツを一枚借りて羽織っただけの私は、メガネもない、隙のないドクターの仮面もない、完全に丸裸の「一人の恋人」だった。

 

パチ、とジンの長い睫毛が揺れて、澄んだ瞳がこちらを見上げた。

私と視線が合って、昨夜の情熱的な時間を思い出したのだろう、彼の東大卒の自慢のポーカーフェイスが、一瞬で真っ赤に染まってガタガタに崩れていくのが分かった。

 

 

「お、おはよう……シンシア。その、昨日は……よく眠れた?」

『おはよう、ジン。あなたのおかげで、最高の朝よ』

 

 

私が少し悪戯っぽく微笑むと、彼はますます照れくさそうに顔を覆って、ベッドの中で身を縮めた。

 

 

『何よ、27歳の男の子がそんなに赤くなっちゃって。病院でのあの強気な“櫻井先生”はどこへ行ったの?』

『うるさいな……。君がそんな格好でオレの前にいるから、心臓が持たないんだよ』

 

 

ブツブツと英語で言い訳をするジンの耳の裏が、ほんのりと赤くなっている。


年の差は8歳。

 

仕事では『一番弟子』の座を奪い合う手強いライバル。

 

だけど今、この部屋の温かい空気の中で、私は確かに一人の男の「特別な存在」になったのだと、強く実感していた。

 

ジンはベッドから起き上がると、私の細い指を引き寄せ、その手の甲に優しく誓うようなキスを落とした。

 

 

「……シンシア。これからも、ずっとオレの隣にいてくれ。昼間はいくらでもキャットファイトに付き合うけど、夜は……オレだけのものになってほしい」

 

『いいわよ、ジン。……でも、明日のカンファレンスのデータ整理、あなたが手伝ってくれたら、もっと考えてあげてもいいわよ?』

 

 

私がクスッと笑うと、ジンは「望むところだ」と嬉しそうに目を細めた。

 

 

 

始まったばかりの、私たちの恋人としてのプロローグ。

 

私はジンの大きな手を強く握り返しながら、新しく始まる眩しい朝の光を、世界の誰よりも幸せな気持ちで見つめていた――

 

 

 

 

 

 

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