TIME LIMIT〜櫻井仁編〜 21





「ジン、見て!あそこの水平線、クジラが跳ねたわよ!」

 

 

 

ハワイ・マウイ島のプライベートビーチ。


結婚式を挙げたオアフ島からさらにフライトを繋ぎ、オレとシンシアは、遅めのハネムーンを満喫していた。

 


南国のまばゆい太陽に照らされたシンシアは、きっちりとしたお団子頭もスクエアメガネも外して、ふわふわの金髪を風になびかせている。

 

ビキニの上に薄手のサマードレスを羽織っただけの彼女は、出会った頃の鉄壁の女医の面影なんて微塵もない、息を呑むほどに美しくて色っぽい、オレの最愛の妻だった。

 

 

「本当だ、すごいな。……シンシア、体調は大丈夫か? 疲れてない?」

オレが彼女のふっくらとしてきたお腹を気遣うように腰を抱き寄せると、シンシアは綺麗な碧眼を細めて、嬉しそうにオレの胸に頭を預けてきた。

 

 

『大丈夫よ、ジン。あなたが私の体調管理も完璧にしてくれているもの。……ワシントンのパパとママも言っていたわ。あなたみたいな誠実で頼もしい旦那様を連れてきてくれて、本当に誇らしいって』

 

「そりゃよかった。……あの厳しい義父さんの前で、英語でプロポーズの経緯を説明したときは、東大卒のポーカーフェイスが完全にへし折れるかと思ったけどな」

 

 

オレが苦笑しながら彼女の細い指に嵌められたプラチナの指輪に、自分の指輪を重ね合わせると、シンシアはクスクスと声を上げて笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

楽しいハネムーンの時間はあっという間に過ぎ、マウイ島の最高級コテージで迎える、滞在最後の夜。

 

昼間の喧騒が嘘のように静まり返った室内には、窓の外から心地よい波の音と、南国のジャスミンの甘い香りが満ちていた。

シャワーを浴びて、薄手のシルクのルームウェアを纏って出てきたシンシアの姿を見た瞬間、オレの理性のブレーキは音を立てて消し飛んだ。

 

 

「……シンシア、もう我慢しないからな」

 

 

彼女を純白のシーツの上へと押し倒す。

 

付き合い始めた頃の東京のマンションでの夜とも、あのプロポーズの夜とも違う。


高齢出産になる彼女の体や、お腹の赤ちゃんのリスクを小児科医として誰よりも分かっているからこそ、これからの妊娠期間、オレは彼女の体に一切の無理をさせないと心に誓っていた。

 

だからこそ、二人きりで心置きなく愛し合えるこのハネムーンの最後の夜は、オレにとって限界の一線を越える特別な瞬間だった。

 

 

『……ジン……っ。知っているわよ、あなたがこの旅行中、どれだけ私を気遣って愛を堪えてくれていたか。……ありがとう、マイ・ダーリン』

 

 

シンシアは愛おしそうに俺の首に細い腕を絡め、熱く、激しい吐息とともに俺の唇を貪ってきた。

 

お互いの存在のすべてを狂おしいほどに求め合う濃厚な夜。

 

彼女の金髪がベッドの上に鮮やかに散らばり、彼女の名前を呼ぶ俺の英語が静かなコテージの夜を熱く濡らしていく。

 

 

『シンシア……愛してる。世界一綺麗で、世界一優秀なオレの妻。お前を絶対に幸せにするからな』

『あ……ジン……っ! 私もよ、ずっと、あなただけを……!』

 

 

オレたちは何度も名前を呼び合い、重なり合った。

彼女の柔らかい肌の温もりも、切なげな吐息も、そのすべてを愛おしむように重ね合ったその夜は、オレたちの絆をより深く情熱的に結びつけていった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。

マウイの眩しい朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでいた。

 

目を覚ますと、俺の白シャツを一枚羽織っただけの無防備な姿で、シンシアが俺の胸の中で幸せそうに寝息を立てていた。

パチ、と彼女の長い睫毛が揺れて、澄んだ瞳がオレを捉える。

 

 

『……おはよう、ジン。ハネムーン最後の朝ね。……あなた昨夜も本当に……100点満点以上だったわ』

 

「おはよう、シンシア。君への愛の深さだけは、世界中の誰にも負けないからな」

 

 

オレは照れくさそうに笑う彼女の細い指を引き寄せ、その手の甲に優しく誓いのキスを落とした。

 

 

 

 

 

日本に戻れば、またあのT医大病院の医局で、須本先生に『櫻井、今日も妙に顔色が艶やかだね』とからかわれる日常が待っているんだろう。

 

 

「よし、日本に帰ろうか。須本先生の一番弟子の座も、君の生涯のパートナーの座も、これからもオレがガッチリ守り抜いてみせるからな」

 

『ええ、望むところよ、私の自慢の旦那様』

 

 

オレは世界一愛しい妻をもう一度強く抱きしめ、ハネムーンの美しい思い出を胸に、私たちの新しい家族の未来へ向かって、力強く一歩を踏み出したのだった――

 

 

 

 

 

NEXT(シンシア視点)