●TIME LIMIT〜櫻井仁編〜 19●
「すごーい!愛ちゃん、見て見て!このケーキ、アメリカンサイズでめちゃくちゃ大きい!」
「すっごく美味しそうだね!明菜ちゃん!」
ホノルルに到着した日の午後。
時差ボケなんてどこへやら、ハワイのカラフルな太陽に照らされた『最強のママ友同盟』のウキウキは、ホノルル国際空港での合流直後から完全に天井を突き破っていた。
愛さんと明菜さんは現地に到着するなり「早速あそこに行こう!」と意気投合し、カラカウア通りの『ザ・チーズケーキ・ファクトリー』へと直行した。
テーブルに運ばれてきた、日本の3倍はあろうかという濃厚な巨大チーズケーキを前に、二人は瞳をキラキラさせて大はしゃぎしている。
「でも明菜ちゃん、あんまり食べすぎると明日のドレスのファスナーが大変なことになっちゃうね」
「ううん、愛ちゃん!ハワイのカロリーは南国の風で全部リセットされるから大丈夫!」
そんな女子たちの無邪気なガールズトークを皆で微笑ましく見守りつつ、オレとシンシアは夕方からカペラのプランナーと挙式前最後の綿密な打ち合わせに臨んだ。
『ジン、明日の入場シーンのロジックだけど、私のドレスの裾の長さを計算すると、歩幅はこのくらいがベストよ』
「分かった。お腹の負担にならないように、オレが1秒単位でエスコートのテンポをコントロールするから安心しろ」
いつものように英語混じりでロジカルに意見を戦わせるオレたち。
だけど、ソファーでそっと手を繋ぎ、指輪同士を重ね合わせるその瞬間だけは、たまらなく甘くて熱い恋人同士に戻っていた。
そして迎えた、ハワイの第一夜。
ワイキキビーチを一望できる、オープンエアのロイヤル・ハワイアン・レストラン。
茜色から深い紫へと美しく染まっていく水平線をバックに、櫻井家とスミス家、そしてすべてのきっかけをくれた須本先生ファミリーが大集結した、賑やかなディナーの幕が開いた。
『ハロー、櫻井院長!いやぁ、ジンのような誠実で素晴らしい男を育ててくれて、本当に感謝しているよ!』
ワシントンから本土の空を越えてやってきた、シンシアのパパが、うちの親父と笑顔で豪快にワイングラスをチンと合わせる。
『とんでもない、スミス先生。うちの仁は須本先生のストーカーみたいな男ですが、シンシア先生という世界一美しくて優秀な奥さんを射止めて、私も鼻が高いですよ。お母様も、ハワイのシーフードはいかがですか?』
親父も、普段のクリニックの威厳をどこへやら、上機嫌でお義母さんに料理を勧めていた。
英語と日本語が飛び交うテーブル。
留学経験のないオレが学生時代から血の滲むような努力で身につけた英語のスキルが、今、両家の親たちを繋ぐ最高の架け橋になっていることが、たまらなく誇らしかった。
「須本、お前ディナーの席までずっと聖菜ちゃんを抱っこ紐で前抱きにしてるつもりか?料理のソースが飛んだらどうするんだよ」
俺の隣では、慎一兄さんが一希くんをあやしながら、須本先生にツッコんでいた。
「放っといてくれ、櫻井」
須本先生はいつもの穏やかな笑顔のまま、聖菜ちゃんを兄から遠ざけるように一歩引き、IQ180の冷徹な英語を交えて即座にディフェンスを張る。
『ハワイの楽園だからといって、俺の聖菜を、君のひねくれた遺伝子を持つ一希くんに近づけさせるわけにはいかないからね。明菜と愛ちゃんのハワイ挙式作戦は大正解だったけど、俺たち父親の防衛線はハワイの海でも一ミリも緩まないよ』
「だから、お前はハワイの夜まで何を守ろうとしてんだよ!」
兄が声を荒らげて反論し、テーブルの向こうで明菜さんと愛さんが「もう、男の人たちって本当に子供ねぇ」と、ステーキを頬張りながらクスクスと楽しそうに笑い合っている。
その賑やかで、どこまでも愛に満ちあふれた空間の真ん中で。
お団子頭をほどいてふわふわの金髪をハワイの夜風になびかせたシンシアが、愛おしそうにふっくらとしてきたお腹を撫でながら、俺の隣で世界一優しい、美しい笑顔を咲かせていた。
『ジン。私、本当に……今、世界一幸せな花嫁だわ。明日、世界一綺麗な私の姿を、あなたに特等席で見せてあげるからね』
「ああ。楽しみにしてるよ、シンシア」
テーブルの下で、オレたちは互いの薬指のプラチナの指輪をギュッと強く握り締めた。
24歳の春、須本先生を追いかけてT医大に来たあの日。
凛との別れ、暗黒の3年間の日々。
すべての点と点が、このハワイの美しい海の真ん中で、一本の輝かしい線へと繋がっていく。
明日になれば、いよいよ最高の楽園のヴァージンロードが幕を開ける。
オレは最愛の女性をもう一度強く見つめ、未来への高鳴る鼓動を胸に、ハワイの甘い夜の風の中で、深く、確かな幸福感を噛み締めるのだった――