●TIME LIMIT〜櫻井仁編〜 18●〜シンシア視点〜
「シンシア先生!仁くん!おめでとうございます!」
「シンシア、久しぶり〜!ハワイ、本当に楽しみだね!」
成田国際空港の国際線出発ロビー。
夕日が眩しいガラス張りのこのフロアに着くなり、私たちの方に駆け寄ってきたのは、ジンの兄・慎一先生の奥様である愛と、ドクター・スモトの奥様である明菜だった。
二人はリゾート風のサマードレスに身を包み、まるでこれからバカンスへ向かう女学生のように、瞳をキラキラと輝かせてウキウキと声を弾ませていた。
『最強の親友・ママ友同盟』を結んでいる彼女たちのパワーは、空港の出発ロビーの空気すら一瞬で華やかに変えてしまう。
ワシントンの私のパパとママは、本土から直接ハワイへ飛び、ホノルル国際空港で私たちと合流する予定になっている。
その為この成田からのフライトは、日本側の愛しいファミリーたちとの賑やかな旅路だった。
「愛、明菜、本当にありがとう。みんなで行けて心強いわ」
私が少し照れくさそうに微笑むと、二人はすぐに私の手元、少しだけふっくらとしてきたお腹へと優しい視線を向けた。
「シンシア先生、体調はどうですか?つわり、もう完全に落ち着きましたか?」
看護師の愛。
私の体調を小児科医のジン以上に、親身になって覗き込んできた。
「そうよ、シンシア。長旅のフライトになるし、もし少しでも気持ち悪くなったら、すぐに私たちに言ってね。櫻井先生も、大樹さんも揃ってるんだから」
シンシナティにいた時から顔見知りの明菜。
先輩ママとしての温かい、だけどどこか誇らしげな目で私を気遣ってくれた。
「ありがとう、二人とも。おかげさまでつわりはもう完全にプログラムを終了したわ。ビジネスクラスの快適なフライトだし、ジンが私の体調管理を徹底してくれているから、何のエラーも起きていないの」
私がいつもの強気な英語混じりのロジックで答えると、愛と明菜は顔を見合わせ、「やっぱり仁くん、過保護だねぇ」「ふふ、大樹さんと一緒」と、クスッと楽しそうに笑い合った。
「おいおい、お前たち。搭乗手続きの前に、あまりシンシア先生を質問攻めにして疲れさせるなよ」
癪に障るほどスタイリッシュな私服に身を包んだ慎一先生が、8ヶ月になった息子・一希くんを抱っこしながら、 苦笑交じりに割って入ってきた。
「櫻井の言う通りだよ。シンシア、体調が良いなら何よりだけど、飛行機の中は乾燥するから、水分補給はこまめにするんだよ」
その斜め後ろから、白のサマージャケットを完璧に着こなしたドクター・スモトが、9ヶ月の愛娘・聖菜ちゃんを愛おしそうに腕に抱きながら、いつもの穏やかな笑顔で歩いてきた。
「ドクター・スモト、慎一先生。お二人とも、ご配慮感謝します」
ジンの隣に立つ私は、なんだかT医大病院の小児科医局がそのまま成田空港に引っ越してきたようなその光景に、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
「よし、ジン。チェックインしようか。カウンターまで荷物運ぶの、オレも手伝うよ」
慎一先生がジンの肩をポンと一叩きする。
「あ、すみません、兄さん。助かります」
ジンが、28歳の誕生日に私があげた腕時計で時間を確認しながら、長身を揺らしてスマートにスーツケースを引き受け、手続きを進めていく。
『ふふ、ジン。本当に頼もしい旦那様になったわね』
私が彼の白シャツの袖をそっと引いて英語で囁くと、ジンは照れくさそうに顔を耳の裏まで真っ赤に染めながらも、私の左手薬指のプラチナの指輪を、自分の指輪と重ねるようにしてギュッと強く握り締めてくれた。
「当たり前だろ。ホノルルまで君とこれから生まれてくる赤ちゃんを世界一幸せにするって誓いに行くんだから。まずは成田でのチェックインくらい、スマートにキメてみせるよ、シンシア」
日本側の愛しいファミリーと共に、これから太平洋の真ん中、両親の待つ楽園へと向かって飛び立つ。
その最高の旅立ちの予感に、私は胸の高鳴りを覚えながら、大好きな彼の隣で搭乗ゲートへ向かって力強く一歩を踏み出した。
長いフライトを終え、飛行機がホノルル国際空港へ着陸した。
南国のまばゆい太陽の光と、ハワイ特有の暖かく甘い風が、一歩外へ出た私たちの全身を優しく包み込む。
バゲージクレームを抜けて到着ロビーへ出ると、そこにはワシントンから一足先に到着して私たちを待っていた、私のパパとママの姿があった。
『ハロー、シンシア!
……そして、ジン! また会えて嬉しいよ』
仕立てのいいリゾートスーツを綺麗に着こなした、ワシントンの厳格な開業医であるパパが、ジンの姿を見つけるなり、破顔して大きな歩みで近づいてきた。
『お義父さん、お義母さん。長旅お疲れ様です。……あちらに僕のファミリーと、師匠である須本先生のファミリーが待っています。まずはホテルへ向かいましょう。荷物は僕たちが運びますから』
ジンが腕時計をスマートに確認しながら、完璧な発音の英語でパパとママをエスコートする。
『おお、それは頼もしい。君のお兄さん達もドクターなんだろう?素晴らしい家族だ。ドクター・スモトにも、後で私から直々にお礼を言わせてもらわなきゃな。彼が日本に帰ってくれたおかげで、こうして最高の婿とハワイで式を挙げられるんだから』
パパはすっかりジンのことを気に入ってる様子だ。
隣で上品な微笑みを浮かべたママも、一希くんを抱っこしている愛や、聖菜ちゃんを抱く明菜の姿を見つけて、パッと表情を輝かせた。
『あちらの可愛いお友達が、噂の明菜と愛ね?』
『ええ、ママ。私の大好きな、日本での大切なファミリーよ』
日本の最高に賑やかで温かいファミリーと、ワシントンから本土の空を越えてやってきた私のパパとママ。
二つの国のルーツが、この楽園・ホノルルの地で美しく交わり、明日、太平洋の真ん中で挙げる結婚式への準備は完全に整った。
私はパパとママの安心しきった笑顔を見つめながら、ジンの温かい右手をもう一度強く握り締め、世界一幸せな花嫁として笑顔でホノルルの青空を見上げるのだった――