●THORN PRINCESS 9●
「あらアキラさん、どちらへ?」
そうっと家を出ようとしたら、母に呼び止められてしまった。
恐る恐る振り返り…何気ない素振りをみせる―。
「ちょっと……研究会に」
「その格好で?どこの研究会?メンバーは?」
「えっと……」
既に目が泳いでる僕を、母が分かりきった顔でじっと見つめてくる。
昔から嘘を吐くのが下手な僕。
見破るのが上手い母。
早々に抜け出すことを諦めた僕は、大人しく居間へと戻った―。
「今日は研究会はないはずでしょう?」
「……はい」
「ふふ。進藤さんがあなたの月間予定表を下さったのよ。これ便利だわ〜」
「予定なんて…すぐ変わります」
「ええ、そうね。変わる度にマメに連絡して下さるのよ。進藤さんていい方ね」
「………」
どこが『いい方』なんですか、お母さん。
一歩間違えればストーカーです。
「お母さん…いつ北京に戻られるんですか?」
「そうねぇ…しばらくこっちにいようかしら。向こうの家には在留日本人の家政婦さんを雇ってるから、お父さんも食事や家事には困らないはずですし」
「そう…ですか」
ガックリと肩を落として、僕は居間に置いてある碁盤の前に座った。
母が帰国してもう2週間。
母の監視下におかれた僕は、当然この2週間…禁欲生活だ。
次第にストレスが溜まってきてるのがハッキリと分かる。
幸いまだ碁に影響はない。
だけど早いうちに誰かと――
「そうそう、今日はお昼から一緒に病院に行きましょうね」
「……は?」
病院…?
「僕…別にどこも悪くないんですが…」
「病気じゃなくても、人間なら誰でも悩みの一つや二つぐらいあるものでしょう?今日予約してあるのはカウンセラーの先生なの。お話するだけでもきっと気が晴れるわよ」
「………」
カウンセラー?
ふん。
これも絶対進藤の差し金だな。
僕が心の病にでもなってるって言いたいのか?
言っておくけど僕は正常だぞ。
自分のしてることがどんなことなのか、ちゃんと分かってる。
そりゃあ…多少やり過ぎかもしれない。
中毒になってるかもしれない。
止めれないんだ。
カウンセラーの先生なら…止める方法を知ってるのかな…?
「塔矢さん、初めまして。当病院のカウンセラーを担当してる駒木です」
「…初めまして」
母に連れられて来たのはほとんどの科が揃っている総合病院。
この先生……知ってる気がする。
確か女性週刊誌によく出てくる、読者の質問に答えたり…解説をしてる女医さんだ。
「私は女性の心の悩みや性の悩みを専門にしてるの。何が言いたいか分かる?」
「……はい」
「じゃあまずは検査を先にしましょう。結果次第で話す内容も変わってくるわ」
「検…査?」
何の?という顔をした僕に、先生は眉を傾けながら優しい声で教えてくれた。
「塔矢さんあなた…今までに何人の男性と関係を持ったか言える?」
「それは……」
「全員が全員…きちんと付けてくれた?」
「……いえ。だから…」
「だからあなたが結果的に薬を飲むはめになったのよね。別に反対してるわけじゃないのよ?ピルも少量なら問題ないの。でもね…どんな薬でも同じことだけど、大量摂取は体にとっては毒でしかないのよ」
「分かってます…」
「ゴムが避妊以外に働きがあることも?」
「はい…もちろん分かってます」
「分かってしてるなら質が悪すぎだわ。あなたにとって、代わりのきかないたった一つの大事な体なのよ?」
「………」
「ねぇ…塔矢さん。良かったら…話してもらえないかしら。これでもね、あなたのように男性社会で生きる女性を何百人と診てきたの。少しは役にたてると思うわ」
「………」
「進藤さん…だったわね?あなたの為にこの時間を手配してくれた男の方のお名前…。進藤さんは…あなたの何?恋人?」
「違います…」
「彼ね…自分のせいであなたがこうなってしまったって…言ってたわ。彼はあなたに何をしたの?」
「…進藤は……」
「進藤さんは?」
「何も…してません」
「………」
「だけど……」
彼の存在自体が……僕を苦しめるんだ…――
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