●THORN PRINCESS 10●
『オレ…オマエに何かした…?』
キミのせいだ!って散々言っておきながら、訳を聞かれても答えなかった僕。
いや、答えれなかったんだ…。
恥ずかしくて。
情けなくて。
だって……これはただの『嫉妬』なんだから―――
「先生…、どうして囲碁界のトップ棋士は…男性ばかりなんでしょうね…」
「男性が羨ましい?」
そう聞かれて、即座に僕は頷いた―。
…どうして僕は男じゃないんだろう…
…どうして男に生まれなかったんだろう…
自分の持ってるタイトルが…全て女流タイトルなことに吐き気がする。
リーグ入りは出来る。
本戦にも残れる。
だけど…いつもあと一歩が及ばない。
男性独特のあの勝負観や勝負強さに負けてしまう。
棋力では負けてないはずなのに……――
「進藤さんも…タイトルホルダーでしたよね?前に新聞で見た気が…」
「そうです。進藤は…本因坊と碁聖の…二冠です」
「力は同じなのに、彼の方はあっさりとタイトルを奪取していく。それが許せないのね?」
「同じじゃありません…」
『追ってこい』
…なんて言えたのはもう昔の話だ。
今では僕の方が追ってる。
一緒に毎日打ってた頃、打てば打つほど進藤の強さを痛ってほど思い知らされた。
でも……僕はそんな事実を認めることが出来なかった。
認めたくなかった。
彼が僕より上に行くなんて…
彼を見上げなければいけないなんて…
僕には我慢が出来なかったんだ――
……でもそれも最初だけ。
完全に敵わないと痛感してからは……僕は日に日に広がってくるキミとの力の差を感じて…窒息死しそうだった。
キミが上に上に行くけば行くほど…取り残される辛さを感じた。
だからキミとは打ちたくない。
キミと打てば…僕とキミとの差がはっきり出る。
キミを失望させる。
キミだって…本当は分かってるんだろう?
「進藤は…もう僕をライバルとは思ってないと思います」
「どうして?」
「………」
僕を見るキミの目が……それを物語ってるんだ。
キミはもう僕をライバルとしては見ていない。
僕を……ただの『女』として見てる。
守ってあげたいとか思ってるのか?
それがどんなに僕にとって屈辱なことか……キミに分かる?
「セックスは僕から現実を忘れさせてくれる魔法だったんです…。もちろん今でも…」
初めてしたのはもう2年以上前。
暑い…夏の夜だった。
――そう
進藤が本因坊のタイトルを奪取した……あの夜だ――
「もう限界だったんです…。何もかもが嫌になって……いっそ死ねば楽になれるかなって…目的もなく足を動かしてて…、そんな時に声をかけられたから…」
「違う意味で天国が見れた?」
「そうですね…。それから何回かしてるうちにハマッてしまって…、いつの間にかそれがストレス発散の方法になってしまったんです。ううん…、もうストレス発散どころじゃないですね…。一種の精神安定剤になってます…」
「そう…。でもそれだけの理由なら相手を一人に決めるべきだったわね」
「そうですね…、進藤にも何度も言われました。進藤に言われたから…またそれが無性に腹立たしくて…いつの間にか意地になっていたんだと思います」
「塔矢さんにとって…進藤さんは特別なのね」
「……はい。でもそれは同じ棋士として…です」
…同等になれない自分が悔しい…
…彼に女扱いされるのが悔しい…
僕はただ…ずっと彼のライバルでいたかった…――
コンコン
「どうぞ」
「失礼します、先生。検査の結果を…」
「あら、早かったわね。ありがとう」
看護婦さんから渡された僕の検査結果を見た後、先生が軽く溜め息を吐いてきた。
僕にも見えるように机に広げてくれたので、恐る恐る覗いてみる―。
「…塔矢さん。でもね、逃げてばかりじゃ…何の解決にもならないわ。これを機に進藤さんときちんと向かい合って…白黒付けてきなさい」
「……はい」
進藤…。
僕がキミの子供を殺すのと…
僕が他の男の子供を産むのと…
キミの子供を産んでおきながら…キミに認知させないのと…
…どれがキミにとって一番の屈辱…?
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