●THORN PRINCESS 8●
「帰ってくれ…」
またしても一通り終わった後……塔矢に背を向けられて言われてしまった。
『寝ない』
『結婚しない』
『打たない』
のトリプルパンチをいただいた後の…トドメがこれかよ…。
「オレ…オマエに何かした…?」
「………」
「なぁ塔矢、言ってくれなきゃ分かんねぇよ…」
「……帰って」
「塔矢…」
今にも消え入りそうな涙声の彼女に、訳を聞くことなんて出来そうにもなくて……オレは仕方なく着替え始めた。
「…そういやオレら…、もう2年以上プライベートで打ってないよな…」
「………」
「昔は毎日のように打ってたのに…な」
「………」
「オレとオマエが次公式戦で当たるのっていつだっけ…。十段の準決勝かな…?ま、お互い上手いこと勝ち進んだら…の話だけどな」
「………」
「でもオレは勝つぜ、絶対に。オマエと打ちたいから」
「………」
「オマエも勝てよ。楽しみにしてるからな」
「………」
「…じゃあ帰るから…。何度も言うけど…、もっと体を大事にしろよ」
「………」
でも本当はもうそんな台詞…オレに言う権利はない。
だから今日で終わりだ。
もう…言わないよ。
その代わりちょっと卑怯だと思うけど…別の方法をとらせてもらう。
ごめんな、塔矢。
でも…オマエの為だから――
「進藤っっ!!!」
数日後――塔矢が血管が浮き出るぐらい怒りながらオレに詰め寄ってきた。
その『卑怯技』の為だろう。
「キミが母に電話したんだってな?!」
「そうだぜ。オマエ食事から何まで、生活が乱れまくってるから明子さん助けてあげて〜!ってな」
「冗談じゃない!キミのせいで僕は24時間母に行動をチェックされてるんだぞ!」
オレがニッと笑うと、塔矢がハッと気付いたように目を見開いた―。
「…まさか…それが狙いか?」
「あのお母様が家に居たんじゃ、さすがのオマエも外泊出来ないよな〜。家に男連れ込むことも不可能だよな〜」
「卑怯だぞ…」
「卑怯で結構。つーか最初っからこうすれば良かったぜ」
「冗談…。せっかくやっとキミの付けた痕が消えそうだったのに…」
「え?もう?残念」
塔矢がキッとオレを睨んできた―。
「僕の碁がめちゃくちゃになったら…キミのせいだからな」
「ああ…オマエにとってセックスって精神安定剤なんだっけ。別にいいぜ、オレのせいで。責任取って相手してやるよ」
「キミとはもう二度としないって言っただろ!くそっ…進藤のバカ!」
周りも気にせず、言いたいことだけ言ったら一目散に走って行ってしまった塔矢。
ここは棋院の休憩室。
恐る恐る視線を中に向けると……全員の目がこっちに向けられていた。
やばっ…――
「おい、進藤…。何なんだよ…今の会話」
「別に…。和谷には関係ないことだよ…」
「まぁ確かに俺には関係ねぇかもしれねーけどさー…」
和谷がオレの肩に手を回して休憩室から連れだし――小声で話し出した。
「今の内容からすると…お前塔矢とヤったのか?」
「………」
途端に顔が赤くなるオレを見て、和谷は意味深に笑ってきた。
「そうかそうか、硬派なお前もついに女を知っちゃったか〜」
「わ、悪いかよ…」
「別に〜?いいんじゃねぇ?お前昔っからアイツ一筋だもんな」
「ウルセェ…」
「ま、お前はいいとして、問題は…塔矢だな。セックスが精神安定剤って……マジ?」
「………」
黙ってることを肯定に取った和谷は、大きな溜め息を吐いてきた―。
「アイツが軽いって噂は聞いたことあったけど…、そこまでくると異常じゃねぇ?」
「そうなんだよ…」
「お前は原因知ってんの?」
「原因…」
オレのせいだってことは知ってる。
でも……オレは一体アイツに何をしたんだろう。
それが分からないから解決のしようがない。
「一度病院に連れていけば?精神科か…婦人科?とにかく一度カウンセラーとか受けさせた方がいいって」
「うん…」
でも塔矢がオレの言うことを聞いてくれるとは思えない。
また明子さんに頼んでみるか…――
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