●THORN PRINCESS 21●


塔矢が棋士を辞める?

復帰しない?

このまま家庭に入る?


…冗談だろ…?





「何言ってんだよオマエ…」

「別に驚くことじゃないだろう?僕の棋士としてのピークはとっくに過ぎてる。力的にも精神的にももう限界なんだ…。そろそろ楽になりたい…」

「だからって…」

「キミにとってもいい話だと思うけど?僕が専業主婦になればキミは碁だけに専念出来る」

「確かに…そうかもしれない。でも…」

「進藤、キミはお父さんに約束してたよね?僕を幸せにする…って。打つことだけが僕の幸せじゃないよ」

「………」

「キミと温かい家庭を築きたい。今の僕にとってはそれが何よりの幸せだ」

「塔矢…」


オマエが碁から逃げたい気持ちも分からないでもないよ…。

辞めたら…もう苦しむことも傷つくこともないもんな。

でもオレには分かる。


本心じゃない…って――


本当はもっと打ちたいんだろ?

ピーク過ぎてたっていいじゃん。

タイトル取れなくてもいいじゃん。

それだけが全てじゃないってオマエだって本当は分かってるんだろ?

打つ行為自体がオマエを幸せにしてくれるんだろ?

辞めたら絶対後で後悔するぞ?



でも……ごめん。


オレ…オマエの言葉に甘えたい。

オマエを家庭に縛り付けたい。

だから…反対しないよ――




「進藤…、僕といい家庭を築こう?」

「うん…――」

塔矢がオレの口に優しく唇を重ねてきた。

夫婦になって初めてのキス―。

徐々に深く溶け合って…交ざりあっていく―。


「――…ん…」


オレの頭の後ろに手を回して体を更に引っ付けてきて――オレは彼女を包み込むように抱き締めた。

いつの間にかオレより小さくなった体。

手足も細くて長くて、髪も肩以上に伸びて…。

柔らかくて…温かい感触。

いい匂い…。


「―…はぁ…塔…矢…」

「ん…進藤…」


雰囲気だけで今にも理性が飛びそう…。

もし妊娠してなかったら…絶対にこのままソファに押し倒してるよな――




「…今日はもう寝る?」

「あ、うん…そうだな」

「お風呂借りてもいい?」

「いいけど……借りるとか言うなって。オレらもう夫婦なんだし、…ってことはここはもうオマエの家でもあるんだぜ?」

「そうだね」

クスッと笑って同意してくれた。


「また着替え持ってこないとね…。今夜はキミのパジャマ貸してくれる?」

「うん。確か予備のがあったはず…」

一度寝室に戻り、箪笥の奥に眠っていた新品のパジャマを塔矢に渡してやった。


「ありがとう。キミも一緒に入る?」

「…え?」

思ってもみなかった塔矢からの誘いに、オレの顔はたちまち真っ赤になる。


でも……


「えっと…折角だけど……やめとく」

「どうして?」

「どうしてって……」


…我慢出来なくなるからに決まってんじゃん…。

風呂なんか一緒に入ったが最後、絶対に理性なんか飛んで…オマエを襲っちまう。

そりゃ妊娠中じゃなかったら喜んで入るけどさ…――


「キミが僕の誘いを断るなんて意外だな。じゃあいいよ。もう二度と入らない」

「え?ちょっ、ちょっと待っ…――」



バタンッ



「………」


塔矢に閉め出されたバスルームのドア前で、茫然と立ち尽くしてしまう。

どうする?

ここでこのままアイツの体を思いやって……一生混浴を諦めるか。

今一緒に入って……死ぬ気で我慢するか。

…死ぬ気でも我慢なんて出来そうにねぇけど…――



カチャ…


「……塔矢」

「…なに?」

服を脱ぎながら、チラッと冷たい視線を向けてくる。


「ごめんな…」

「別に…。冗談だよ、本気にするな」

「………」

「それより見て」

「え?」

下着のみになった塔矢が、オレにお腹を見せてくれる。


「前より大きくなったと思わない?」

「ホントだ…」

「触ってみる?」

「うん」


6ヶ月を過ぎたお腹。

オレの子供がいるお腹。

優しく触れると――塔矢もオレの手に重ねて来た。



「…進藤知ってる?」

「え?」

「妊娠中でも…セックスは出来るんだよ?」

「……知ってる。でもオレは我慢する…」

「僕がしたいって言っても?」

「…うん」

「妻の欲求不満は夫の責任だってことも知ってる?」

「………」


お腹に触れていたオレの手を…塔矢が胸に移動させた。

ブラの上からでも感じる柔らかさに…今にも我を忘れそうでヤバい…――


「キミだってもう半年近くしてないんだろう?溜まってないの?」

「…塔矢オマエ…そんなにしたいの?」

「したいよ」

「あと4ヶ月の我慢じゃん…」

「時間の問題じゃないんだ」

「…?」

「心の問題…。キミに抱かれて…愛されてる喜びを感じたい。安心したいんだ…今すぐに」

「んなこと言われたら…オレ…」


ただでさえヤバいのに……我慢出来なくなる……。


「キミとした時の心地よさが忘れられない…」

「………っ」


ヤバい。


ヤバいヤバいヤバい。


「…塔…矢…―」

「―…ん…」

触れた唇を優しく啄んで……彼女の感触を感じとるようにキスをした―。


「んっ…ん、んっ―」


ダメだって分かってるのに…


我慢しなきゃって思ってるのに…


徐々に深く交わっていくうちに理性が消えて…


何も考えられなくなって…


彼女を抱き締めながら少し持ち上げ…


まるで洗脳されるかのように…


足が勝手に寝室に移動した――














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