●THORN PRINCESS 17●
ついに今年も始まった本因坊の七番勝負。
二度目の防衛をかけて、これから挑戦者の緒方先生と3ヶ月間戦い続けることになる。
終わった頃にはもう7月で、すぐに今度は碁聖の方の防衛も始まって…あっという間に秋だ。
オレと塔矢の子供が産まれてくるのもその頃。
それまでに何としてでも達成しなくちゃならないことがある。
『結婚』
だ―。
「真剣だな。前夜祭からもう本気モードか?」
「緒方先生…」
「湯加減はどうだ?」
「いいですよー」
今年の第一戦は熱海。
対局する旅館には当然温泉があるので、対局者はもちろん立会人も記録係も取材陣も検討陣も皆利用することになる。
オレに続いて緒方先生も露天風呂の方に入ってきた。
「アキラ君とはあれからどうだ?上手くやれてるのか?」
「んー…前よりはね。相変わらず態度は冷たいけど、一応キスはさせてくれるし」
「はは、アキラ君も意地っ張りだからな」
「ね、先生はプロポーズってしたことある?」
「ないな。だから未だに独り身だ」
「…だよね」
「アキラ君にするつもりなのか?」
「したい気持ちは山々なんですけど……断られる可能性も大で…」
「はは」
「笑い事じゃないです…」
未だにオレらの間で健在な三ヶ条。
その1、打たない。
オレがアイツに会いに行った後、まず一番初めにすることは検討。
だけどお互い『打とう』の一言が言い出せなくて、いつも検討が終わったらそのまま石を片付けてしまう。
その2、寝ない。
これは妊娠中だから仕方ないっていうか…、まぁ出来ないこともないらしいんだけど……とにかく保留。
今はキスだけで満足だ。
そしてその3、結婚しない。
マジでどうしよう…。
いや、どうしようも何も子供の為にも絶対にしなくちゃならないんだ。
きっと生まれちまったら忙しくなって結婚とかそれどころじゃなくなる。
生まれるまであと4ヶ月。
それまでが勝負だ。
「緒方先生、何かいい方法知りません?」
「ん?結婚を承諾してもらう方法か?」
「正攻法じゃ絶対に無理な気がして…」
「そうか?俺は意外にアキラ君もお前からのプロポーズを待ってるような気がするがな」
「………嘘だ」
「アキラ君は意地っ張りだが、変な所で乙女だからな。ま、お前が押して押して押しまくればいつかは落ちるだろ」
「…そうかなぁ」
緒方先生のアドバイスに首を傾げながらも、一応指輪の準備をしてみたり。
区役所で婚姻届をもらってきてみたり。
そしてそれに記入してみたり。
この『妻になる人』の欄に塔矢が記入してくれる日は本当に来るのかな…。
この指輪を塔矢がしてくれる日が本当に来るのかな…。
でも一人悩んでても何も解決しない。
とにかく実践あるのみだ――
ピンポーン
5日ぶりに塔矢家に赴くと、いつものように明子さんが笑顔で出迎えてくれた。
「アキラさんは部屋よ」
「あ、はい…」
塔矢の部屋が近くなってくるのに連れて、どんどん心臓の音が緊張で大きくなってくるのが分かる。
一度深呼吸して、気持ちを落ち着かせてから声をかけた――
「塔矢、…入るぜ?」
「進藤?」
ガラッと勢いよく戸を開けたのは塔矢の方だった。
彼女の方から戸を開けてくれたのは初めてで……ちょっとびっくり。
「…あれ?どこか出かけるのか?」
「病院。定期検診だよ」
「そうなんだ…」
「キミも来る?前に行きたいって言ってたよね?」
「あ…ああ、うん…」
一緒にタクシーに乗って、一緒に病院に向かう。
塔矢はずっと外に顔を向けたままだったけど、この状況は何か…嬉しい。
少し近寄って手を握ってみた。
一瞬驚いたように目を開いた塔矢。
オレの方に少し視線を向けてきて、また直ぐに外に戻した。
素っ気ないけど…、でも握った手は解いてこない。
それが嬉しくて、自然と顔が緩む。
「塔矢…」
肩に手を回して引き寄せた―。
抵抗せずに大人しくオレに体を預けてくれる。
めちゃくちゃ嬉しい。
可愛い。
そっと頬にキスをして…本心を耳元で囁いた―。
「好きだよ塔矢…。結婚…しようか」
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