●THORN PRINCESS 14●


悪阻が酷かった僕は、今シーズンの手合いを早々に諦めて産休に入った。

…というのは建前。

本当はただ囲碁から逃げたかっただけだ。

正直もう疲れた。

もう打ちたくない。


……でも

勝手に足が碁盤に向かう。

勝手に手が石を掴む。

そして彼との思い出の対局を……並べてしまう。


これは僕と進藤が初めて会った時に打った一局。

これは二度目の…僕が惨敗した一局。

これは2年4ヶ月ぶりに打った名人戦の一局。

これは若獅子戦。

これは北斗杯。

これは本因坊リーグ。

これは天元戦。

これは…――



「………」



囲碁とセックスばかりの毎日から解放されると……今まで見えてなかったものが見えてきた気がする。

一番驚いたのは……僕が四六時中進藤のことを考えてるってことだ。

何故だろう。

何故考えてしまうんだろう。

もう彼とは打ちたくないはずなのに……何故か打ちたいと思ってしまう。

会いたくないはずなのに……会いたいと思ってしまう。

やっぱり…子供のせいなのかな?

子供が進藤を欲してるのかな…?

このまま僕の思惑通りに事を進めるとなると、きっと…いつかは子供に聞かれることになるんだろな。


『お父さんはどこにいるの?』

って…。


『誰なの?』

『何をしてるの?』

『どんな人なの?』


そう聞かれた僕は何て答える?

真実を口に出来る?












「アキラ君?入ってもいいか?」

「…あ、はい」


障子が勢いよく開いて、声の人物が挨拶代わりに片手をあげた。

「よう」

「緒方さん…こんにちは」

「相変わらず家で囲碁三昧か?」

「ええ…まぁ」

並べていた進藤との一局をすぐにぐちゃぐちゃにし、片付け始めた。

「一局打ちます?」

「ああ」

碁盤前に腰掛けた緒方さんは、盤より少し上の…僕のお腹に視線を向けてくる。


「…進藤の子なんだろ?」

「……どうしてそう思うんです?」

「勘だ」

「……」

「ま、単に他の奴の子供をアキラ君が産むとは考えられないだけの話だがな」

「進藤の子供なら…僕が産むとでも?」

「ああ」

「………」

「さっき並べていた棋譜、進藤との一局だろう?」

「………」

「進藤が恋しくなったか?」

「…ご冗談を」

緒方さんがククッと笑ってくる。


「進藤の連敗…アキラ君が原因なんだってな?」

「馬鹿なことはやめるよう…言ってやって下さい。対局相手に失礼にも程がある」

「お前の為だろう?」

「僕はそんなことされても全然嬉しくありません」


進藤は勘違いをしてる。

僕は……キミの敗北なんか見たくないのに…――



「なら直接言ってやれ」

「………」


少し溜め息を吐いた緒方さんが胸ポケットから携帯を取り出した。

発信音を鳴してから僕の前に差し出して来る――


『もしもし?緒方先生?』


携帯から小さく聞こえてくる進藤の声…。

胸が…締め付けられる―。


「進藤か?今すぐアキラ君の家に来い」


「いいから来い。アキラ君が会いたいそうだ」

「緒方さ…っ?!何言って…」

ピッと通話を切った緒方さんが僕にいやらしい目付きを向けて来る。


「嘘は言ってないぞ。会いたいんだろう?顔に書いてある」

「なっ…」

途端に顔が熱くなった気がした。


「…さて、お邪魔虫は帰るとするか」

「か…帰らないで下さいっ」

「じゃあな」

「緒方さ…っ――」

ピシャリと障子を閉められ、僕は呆然としばらく固まってしまった。


い、いけない。

固まってる場合じゃない。

進藤が来てしまう。

に…逃げないと。


慌てて部屋から出て玄関まで走った。

だけど急いで玄関を飛び出してみると――




「塔矢…」





――既に進藤が来ていた――















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