●THORN PRINCESS 12●


薬を飲まなかったのは…わざとではない。

でも故意の気持ちが100%なかったかと言えば……嘘になる。

その証拠に、僕は妊娠してると分かった瞬間―――内心喜んだ。

もちろん純粋に子供が出来たことに喜んだのではない。


進藤に復讐する最低で最悪の方法を思い付いたからだ――






『安心してよ。俺、種無しだから』


これは進藤とする前日にした男が僕に言った台詞。

薬を飲んでないから付けてって言うと…、笑いながら自白してきた。


『2年ぐらい前に病気で生死彷徨った時があってさ。その時の後遺症なんだ。もう息子もいたし、こっちとしては遊びやすくなって万々歳だったんだけど――』


もしこの男の言葉が真実なら…このお腹の子は100%進藤の子供。

確率が50%だなんて…他の男の子供の可能性もあるだなんて……全部嘘なんだよ。

ちょっとキミの反応を見てみたかっただけ。

そしてキミは予想通りの反応をしてきた。

僕に産むことを望んできた。

いいよ。

産んであげる。

ただし、この子は僕だけのものだ。

言ったよね?

キミとは結婚しないって。

当然認知もさせてあげない。

これは僕がキミから普通の幸せを奪う策略なんだ。

僕と子供を作っておきながら、キミに他の女性と家庭を持つだけの肝がある?

無理だよね。

これでキミは一生独り身決定?






「アキラさん?!」


病院から帰った後、僕はすぐに持ち帰った中絶用の書類を破り捨てた―。


「やっぱり産むよ。せっかく授かった命だし…」

「まあ!本当?!ええ、絶対にその方がいいわ。進藤さんならきっと優しいお父さんになってくれるでしょうし」

「僕一人で育てる。進藤に父親になってもらうつもりはないよ」

「……え?」

「確かに僕が望めば…進藤は結婚してくれて、いい父親になってくれるかもしれない。でもこの子が進藤の子供じゃなかった場合を考えると……」

「……そうね。残酷だわ…」

「進藤は僕と関係を持った男全員に嫉妬してたんだ。その憎むべき相手の子供を、自分の子供のように愛せるわけがないよ」

「じゃあアキラさん…シングルマザーになるの?囲碁はどうするの?」

「もちろん続けるよ。でも産休と、しばらくは育児休暇を貰うつもり…」

「そう…」


父も母もあまりいい顔はしなかったけど、結局は僕が一人で生み育てることを許してくれた。

たぶん僕がしていたことに対して、少なからず両親の方も責任を感じていたせいだと思う。

その証拠に、父が帰国した後、僕への第一声が

「すまなかったね…」

という謝罪の言葉だった。


ズキリと良心が痛む…。


「あなた、しっかりして下さい」

「ああ…、すまない明子」

わずかに零れた涙を見た母が、慌てて父にハンカチを渡した。

父の涙なんて…初めてみた気がする…。

途端に後悔の念が押し寄せる。


僕のしてることは……もう僕一人の問題じゃない…?








「子供はね、親のおもちゃじゃないのよ?」

「……分かってます」


数日後――僕は再びカウンセラーの先生の元に訪れた。

産む決意をしたと伝えると、僕の考えてることを見越したかのように…眉を傾けてくる。


「塔矢さん、あなた前に進藤さんの子供なんて産みたくないって…はっきり言ったわよね?」

「…はい」

「出産に反対してるわけじゃないのよ?ただ、産んだ後…本当に育てられる?愛情を注げる?」

「自分の子供ですから……大丈夫だと思います」

「本当に?」

「…はい」

「分かったわ…。あなたを信用します」

「………」


またしてもズキリと胸が痛む…。

嘘ばかりの自分。

仕返しの為に産む子供に…本当に愛情が注げるのかな?

可愛いと思えるのかな?

ただでさえ僕は…あまり子供が好きな方じゃないのに――





「見て。6週目に入ったばかりのあなたの赤ちゃんよ」

「………」

「心音も聞いてみる?」

「………」


精神科のすぐ横の病棟には産婦人科や小児科が入っていて、僕はそこで新たな手続きをした後――子宮の中の映像を見せられた。

まだものすごく小さな命…。

だけど…ちゃんと生きてる。

心臓の音なんか…すごくリアル。


途端に怖くなって震え出す僕を見て……先生は溜め息を吐いた。


「一応言っておくけど…、この病院では法律で定められてる22週目まで…中絶手術を承ってるわ」

「22…?」

「ええ。6ヶ月目まで…ね。それ以降は引き返せないの。産むしかないのよ…」

「………」

「まだ時間はあるわ。一人で決めないで、進藤さんともよく話し合って…その上で決断しなさい」

「僕は……産みます」

「同じ『産む』にしても、子供にとっては両親が揃っていることが一番望ましいってことを…忘れないでね。自分の都合ではなく、子供の気持ちになって考えてあげて」


先生が僕の手を取って…そのまま僕のお腹にあてた。

この中に確実にいる進藤の子供…。

この子にとっては…やっぱり父親が必要?

進藤が必要?

子供の為に…結婚しなくちゃいけないのか?

でもそれじゃあ…進藤を苦しめるどころか……喜ばせてしまう…。


「私はね…塔矢さん自身にも幸せになってほしいの。自分が傷付いた分、相手を傷付けたいって気持ちも…分からないでもないわ。でも進藤さんはもう既に十分ってほど……傷付いてるんじゃないかしら…」


進藤が……既に傷付いてる…?















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