●THORN PRINCESS 1●
――進藤は軽そうに見えて堅い――
――塔矢は堅そうに見えて軽い――
そう噂されてると教えてくれたのは、兄弟弟子の芦原さん。
「失礼な話だよなぁ」
「……」
心外だと怒る芦原さん。
だけど僕は何も答えることが出来なかった。
だって………本当のことだから――
「塔矢プロ、良かったらこの後食事でも…」
「喜んで」
にっこりと微笑んで誘いを受ける僕を見て、男の人は勘違いをする。
その気になる。
高くてオシャレなレストランに連れて行かれ、ワインもご馳走になる。
本当は強いくせに
「酔いが回ってきたかも…」
と店を出た途端ふらつく演技をする。
するとどこかで休憩でも…と近くのホテルに連れ込まれる。
ここまで来ると後は簡単。
ちょっと誘えば男はすぐに僕を抱いて来る。
気持ち良くなれる。
これが僕の今のストレス発散方法――
「オマエさぁ…、昨日のイベントの打ち上げに来なかっただろ」
「お客さんから個別の対局をお願いされたからね。そっちを優先した」
「………」
進藤が何かを言いたげに眉を傾けて、口を尖らせてきた。
「…そいつと……寝たのか?」
「キミには関係ないだろ」
「………」
進藤は数少ない僕の素行を知ってる一人だ。
でもことあるごとに文句を付けてきて………かなりウザい。
僕のことは放っといてくれ!
「オマエ…好きな奴とかいないわけ?」
「いない」
「じゃあせめて彼氏を作れよ」
「好きでもない男と付き合えって?」
「する奴は一人に決めとけってこと!んな手当たり次第に複数の男と関係持ってると、後で痛い目みるぞ」
「痛い目って何?」
「…父親が誰だか分からない子供を身籠もる…とか」
「はは」
思わず鼻で笑ってしまった。
「それは有り得ないな。その為にちゃんとピルを飲んでるんだから」
進藤が乱暴にイスを引いて立ち上がった―。
「話すだけ無駄だな…」
「みたいだね」
「勝手にしろ」
「ああ」
「……」
僕に思いっきり軽蔑の視線を向けて、進藤はカフェを出て行った―。
ふん。
彼氏を作れ?
する奴は一人に決めろ?
冗談じゃない。
毎回違う男とすることに意味があるんだ――
「おねーさん、彼氏怒って出て行っちゃったね」
「彼氏じゃないし」
「ふーん。ま、いいや。俺とも遊んでみない?」
通路を挟んだ横のテーブルに座っていた人に声をかけられた。
机にはレポート用紙と辞書と参考書数冊。
カフェでコーヒーを飲みながら提出物に取り組む近くの大学生といったところか。
ぱっと見…眼鏡をかけてるから真面目そうに見えるけど、茶髪にピアスにこの声のかけ方。
かなり遊んでる類いだな。
こういう男は初めてだけど、別に嫌いではない。
「いいよ」
いつもの笑顔でOKすると、男は僕のテーブルに荷物ごと移動してきた。
さっきの進藤との会話で僕がどういう女なのか知ってる彼。
最初っから下心丸出しの内容で話してくる。
僕の方も最初からその相手として、会話をしながら見定める。
そして当然のようにすぐに意気投合した僕らは、カフェを出た途端ホテルに直行――
…のはずだったんだけど……
「…オマエ信じらんねぇ…」
「進藤…。キミ帰ったんじゃ…」
「ちょっと来いっ!」
カフェの出入口で待ち構えてた進藤に、手を掴まれて無理やり彼から引き離された―。
「離せ!僕はこれから用があるんだ!」
「はっ!どうせ今の男とヤるだけだろ!」
「…聞いてたのか?」
「んなことしなくてもオマエの行動なんて一目瞭然なんだよ!」
「……」
進藤に引っ張られてる手がものすごく熱い…。
そんなに怒ってるのか…?
何で…―
「…塔矢」
「何?」
「オマエ…いい加減にしろよ」
「またお説教?いちいちウルサいな、キミは」
「心配なんだ…」
「キミに心配されるほど落ちぶれてない」
「でもオレは今のオマエを見てると、すげぇハラハラする。冷や冷やする。ムカムカする」
「は?ムカムカ…?」
進藤が怒りを露にした顔で頷いた―。
「すげぇムカつく…」
「僕が?」
「オマエもだけど…、それよりオマエを抱いた男全員が…」
「何それ。嫉妬?」
「………」
「キミも…僕としたいのか?」
進藤の顔がカッと赤くなった―。
「な、何言って…。オレは別に…」
「ふーん…僕は構わないよ。今から一緒にホテルにでも行く?」
「塔矢…」
呆れたように僕を見てくる。
幻滅した?
でも、これが僕なんだ。
相手はキミだろうが、さっきの男だろうが、今擦れ違った人だろうが……誰だっていいんだ――
「…どうする?やめておく?ヤっちゃう?キミが決めていいよ」
「………」
掴まれていた手を離されてしまった。
まるで哀れむような顔をしてくる進藤。
何も言わないまま方向転換をして…駅の方へ行ってしまった。
再びカフェに戻ると、入口でさっきの男が待っててくれた。
にっこりと微笑んで彼の手を取る僕。
最初の予定通り目的の場所へいって、一夜限りの関係を思う存分楽しむ。
セックスをすると頭がすっきりするんだ。
日頃のストレスやもやもやが一気に解消される。
忘れたい嫌なことも全部忘れれる。
一種の中毒かもしれない。
『後で痛い目みるぞ』
そして進藤の忠告通りにならないように、家に帰った後…薬を飲む。
一夜限りの相手に、ちゃんと避妊をしてくれる男は五分五分だから。
さっきの男はしてくれなかった。
一昨日の男はしてくれた。
進藤キミは?
鬱陶しいほど僕のことを心配してくれてるキミなら……ちゃんとしてくれるんだろうね。
いつか本当に寝てみる?
ま、キミは好きな女の子としかしたくないんだろうけど…―
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