●THORN PRINCESS〜過去編〜 1●
「…明日から最終戦だね」
「ああ」
本因坊七番勝負・第七戦を明日に控えた日――オレはいつものように塔矢と打っていた。
あと一勝でタイトルホルダー。
勝っても負けても明日で最後。
そう思うと自然とコイツとのこの対局にも熱が入る――
「頑張って…」
「おう!」
「……」
――今思えばこの時既に塔矢は変だった。
だけど見て見ぬ振りをしたのは自分のことで精一杯だったから。
明日の対局のことで頭がいっぱいだったからだ。
まさか……この日を境に塔矢が打ってくれなくなるなんて…思いもしないで――
18の夏――オレは念願の本因坊のタイトルを倉田八段から奪取した。
初めてのタイトル。
しかも大三冠の一つ、あの思入れ深い『本因坊』だ。
終局後のインタビューで
「誰にこの喜びを一番に伝えたいですか?」
って聞かれて、真っ先に頭に浮かんだのは塔矢の顔だった。
塔矢に伝えたい。
早く教えてやりたい。
塔矢!
オレやったよ!
勝ったよ!
奪取出来たよ!
もちろん…テレビ中継もされたからもう知ってる可能性大だけど…。
でも直接伝えたい。
オレの口から―――
「あの〜…塔矢見掛けませんでしたか?」
「進藤君!本因坊獲得おめでとう!」
「あ、ありがとうございます」
エヘヘと嬉し恥ずかしの気持ちで大勢の人から祝福の言葉を受けた。
この一週間、どこに行ってもおめでとうの嵐。
すげぇ嬉しい!
最高!
……だけど完全には満たされない……
この一週間…塔矢に会ってないからだ――
避けられてる…?
ただの擦れ違い…?
どっちにしろもう限界…。
塔矢ん家に行こう!
んで直接伝えて、一緒に最終戦の検討もしよう!
………そう思ってたのに………
ピンポーン
ピンポーン
ピンポーン
「…あれ?留守か…?」
先生と明子さんが不在の今、塔矢家は塔矢が居ない限り何の反応もない。
「ちぇっ…」
残念…と帰ろうとしたその時だった―。
塔矢ん家の前に一台の車が停まった。
助手席から降りてきたのはもちろん――塔矢。
「送ってくれてありがとう」
「どういたしまして。楽しかったよ」
軽くキスをして……塔矢は運転席の男に手を振った…。
ウソ…だろ…――
「塔矢…」
玄関前で茫然と立ち尽くすオレに気付いた彼女は、すぐに視線をオレから逸らし………そのまま家の中に入って行った―。
「彼氏…出来たんだ…」
そりゃオレらもう18…もうすぐ19だし…
塔矢はあの容姿だし…
彼氏の一人や二人いても……全然おかしくないんだけど……
………ショック…だ………
今何時だ…?
朝の10時だぜ…?
それで楽しかったって…どういうことだよ…。
朝帰り…か?
塔矢オマエ…あの男と昨夜一緒にいたのか…?
したくもないのに…その時の様子を勝手に頭が想像して……ますます落ち込んだ。
はぁ…。
何やってんだろオレ…。
何より…もしかしたら本因坊のタイトルより…欲しかったはずなのに…。
結局は他の男に横取りされてんじゃん…。
くそっ
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