●SUMMER VACATION 5●
「お客様、仕事中ですので困ります」
デッキまで引っ張ってきた塔矢。
この他人行儀な言い方、気に入らねぇ。
相変わらずニコリともしない顔も気に入らねぇ。
勝手に転職してるのにも、その服も、髪型も、メイクも、すっかりスッチーぶってるのも何もかもが気に入らない。
「…オマエさ、なにスチュワーデスなんかになってんだよ」
「キミには関係ないだろ」
「本当に棋士に帰ってくるつもりねーの?」
「今のところはね」
「…オレに会いたくないから…?」
「自惚れるな。キミなんかどうだっていい」
「オレのこと好きだって言ったくせに…」
「昔の話だ」
「オレがオマエのこと…好きだって言っても?」
「……え?」
途端に顔の筋肉を緩めてきた。
強がってても、所詮塔矢も女?
甘い言葉に弱かったり?
「…オマエがいなくなって……毎日がすげぇつまんなかった」
「………」
「毎日オマエのこと考えてたんだぜ…?」
「…だから?」
「オレ…塔矢のことが好きだったみたい」
「彼女いるくせに…」
「アイツとはオマエがいなくなってからすぐに別れたよ。どうでもよくなったって言うか…それどころじゃなくなったし。オレにとってはその程度の女だったみたい。でもオマエは――」
「………」
塔矢に一歩近付いた。
ほんのり赤くなった頬に触れる――
「返事は急がないから…。成田に帰国した時に教えて?」
「うん…」
「好きだよ、塔矢…」
軽く頬にキスをして―――デッキを出た。
…我ながら上出来?
何だよ塔矢のやつ。
昔の話だとか言いながら、ちょっと甘く言ってやればすぐに態度変えてきやがって。
まだオレのこと好きなの見え見えじゃん。
なら、その気持ち利用してやる。
塔矢がライバルに戻ってくれるなら、付き合うぐらいなんとでもないし。
残りの飛行時間、向こうに着いてから帰るまでも、アイツに気のある男の振りをしよう。
アプローチかけまくって、その気にさせて、昔の恋心を復活させてやろう。
「進藤、楽しそうだな」
「緒方さん。オレ、塔矢のこと好きみたい」
「…ほぅ」
「ロンドンにいる間いっぱいデートしたいから、緒方さん邪魔しないでね」
「はは。勝手にしろ」
うん、勝手にする。
消灯の時間になって電気が消えた後――塔矢がオレの席にやってきた。
「これ…」
と渡された一枚の紙。
塔矢の携帯の番号とアドレスが書かれた紙だった。
はは…ホント可愛いなオマエ。
いいぜ、ヒースローに着いたらすぐに連絡するな。
オマエ好みのデートに付き合ってやるよ。
もちろん一日中、一晩中一緒な―――
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