●SUMMER VACATION 11●
「どこいく?やっぱバッキンガム宮殿の衛兵交代は見ておくべき?」
ナイツブリッジにあるこのホテルからはウエストミンスターは徒歩圏内。
塔矢の持っていたガイドブックを見ながら、ルートを頭でシュミレーションしてみる。
「僕は別に観光するつもりはないよ」
「じゃあ買い物?」
「買い物もしない」
「…なにしに来たんだよオマエ」
って、仕事か。
でも緒方さんは絶対買い物だよなー。
さっきの長身美人に奢らされてる気がする。
ファーストの人間なんていい鴨だろうし。
まぁその分見返りは夜に、って感じ?
「美術館とか博物館に行きたいんだが…」
「マジ?こんなとこに来てまで勉強かよ」
「展示品を見てゆっくり過ごしたいんだ。キミは別について来なくてもいいよ?」
「やだ。一緒にいる」
しぶしぶ大英博物館とかナショナルギャラリーとかについて行った。
展示品には興味ないけど、塔矢と一緒にいられるだけで嬉しいし。
そっと手を握ると握り返してくれて…オレはオレなりに楽しんだ。
昼食は博物館内のレストランで。
お土産は何も買わなかったけど、代わりに使い捨てカメラを買った。
近くにいた日本人にお願いしてツーショット写真も撮ってもらった。
デジカメと違って現像するまでどんな風に写ってるのか分からない楽しみがある。
「日本に帰ったら、一緒に写真見返そうぜ」
「そうだね…」
「自分撮りもしてみようかな」
塔矢の肩を抱いて――カメラを構えた。
「笑えよ?」
「笑ってる」
「ふーん…じゃ、はいチー…」
パシャっと光ったのと同時に塔矢の頬にキスをした。
笑ったままキスされてるのか。
それとも驚いた顔になってるのか。
「進っ……んっ――」
続いて口にもキスをして――そのショットもバッチリ写した。
上手く撮れてるといいな〜。
「もう…アルバート&ヴィクトリア博物館にも行きたかったのに」
「えー、でも楽しくなかった?オレ使い捨てなんか久々だからすっげー楽しかった」
「まぁ…ね」
午後からも塔矢をモデルにして色んな場所で撮りまくった。
気がついたら既にカメラが3個に増えてたり。
ホテルに戻って、ホテル内のレストランにアフタヌーンティーに入った今も、紅茶を飲みながら美味しそうにお菓子を頬張る塔矢を激写してみた。
怒られたけど。
「オマエと碁抜きでこんなに一緒にいるの…初めてだな」
「うん…そうだね」
「デートなんかしたことなかったもんなぁ」
「付き合ってなかったからね。キミは他の女の子に夢中だったし」
「それ、嫌味?」
「別に」
塔矢が紅茶を啜った。
「仕方ないだろー。オレだって健康な男なんだし、可愛い女の子とデートもキスもしたかったんだよー」
「そうだね、それじゃあ仕方ないね」
「う…怒ってる」
「怒ってないよ。キミは今も健康な男なんだろう?どうだった?可愛い女の子とデートもキスもした感想は」
「自分で可愛い言うな…。…でも―――」
今までのどの女の子より心から楽しめたのは確かだ。
時間が過ぎるのが惜しかった。
もっともっと一緒にいたいと思う。
帰りたくない。
そう思うのは…帰ったらまた会えなくなる気がするからだ。
会える確証がほしい。
帰ってきてほしい。
棋士に…復帰してほしい―――
「…塔矢、どうやったら…帰ってきてくれる…?」
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