●SUMMER VACATION 1●
ハタチの時――オレは告ってきた塔矢をフった
「好きなんだ」
と言ってきた彼女に
「冗談だろ?」
とだけ返して、笑って…。
当時オレには他に彼女がいて…とにかくその子に夢中だった。
塔矢はただのライバルの位置付けだった。
フっても、断っても、それが永遠に続くと思ってた。
まさかそのあと…塔矢が碁を辞めるなんて思いもしないで―――
「進藤、今日の対局どうだった?渡辺八段とだったんだろ?」
「へへ〜楽勝♪」
「マジ?並べてくれよ」
「んー…また今度な」
今度っていつだよ!と呆れる和谷を背に、オレはすぐに対局場を後にした。
棋院の外に出るとまだ日が高くて、初夏の暑さに目眩がして…
すぐさま走って、駆け込むように駅前の喫茶店に入った。
そこで一人、さっきの対局をマグ碁で打つ。
…ここ、危なかったよな…
…でもこの打ち回しはよかった…
…左辺より中央から固めた方が早く決着ついたかも…
…はぁ…
「…つまんねぇ…」
溜め息をついてテーブルに突っ伏した。
目を瞑ると彼女の顔が瞼にいつも写る。
「……塔…矢…」
塔矢と検討がしたい。
塔矢と打ちたい。
塔矢に会いたい。
塔矢に………
あの告白から早一年。
塔矢がいなくなって、ライバルを失って、オレは初めて彼女の存在の大きさを知った。
オレはまたやっちまったんだ。
佐為の時と同じ。
自分のことでいっぱいいっぱいで、回りの大切な人の気持ちをいつも無視して…。
気付いた頃には失ってて……ううん、失って初めて気付いて……
「…塔…矢…」
どこにいるんだよ。
何してるんだよ。
そんなにオレにフラれてショックだったわけ?
碁を辞めちまうほど?
そんなにオレが好きだったのか?
………くそっ
「…塔矢の…バカ」
「塔矢塔矢煩い奴だな」
え…?
聞き覚えのある声が後ろから聞こえ、恐る恐る振り返ると―――
「よぅ」
タバコをフーっと吹きかける緒方さんが座っていた――
「緒方さ…何で」
「何でと言われてもな。コーヒーを飲みに来ただけだ」
「……そう」
「それより何だ今のは。アキラ君の名前を連呼しやがって」
カッと顔が赤くなるのが分かった。
緒方さんがニマニマ笑ってくる。
「アキラ君に会いたいのか?」
「緒方さん……塔矢の居場所…知ってるの?」
「さぁな」
「………」
明らかに『知ってる』という顔。
でも同時に告白のことも…オレがフったことも何もかも知ってそう。
今更って笑う?
オレのせいで塔矢が碁を辞めたのにって怒る?
でも…オレは塔矢に会いたい――
「緒方さん、お願いします。オレ…塔矢に会いたい」
「会ってどうするんだ?」
「それは…――」
もう一度煙を吹き出して、緒方さんはタバコを灰皿に捨てた。
「…ま、いいだろ。ついて来い」
「あ…ありがとう!緒方さん!」
「行っておくが、二、三日で帰れると思うなよ?」
「え…?」
「パスポートは持ってるな?」
「は?」
「今から成田に行くぞ」
「ええ??」
塔矢と会って決着をつける為の、嵐のような夏休みがスタートする―――
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