●SPRING VACATION 3●





ピピピピピ……


7時半なり目覚まし時計が鳴る。

僕はムクッと起きてアラームを止めた。



「西条、時間だよ。起きないのか?」

とアラームに無反応な西条に声をかける。

「んー……もうちょっと…」

「じゃあ僕先に顔洗って来るから」

「んー…」

行ってらっしゃいと言ってるかのように手をヒラヒラさせてきた。




一階に降りていくと、ダイニングから西条のお母さんが出てきた。


「あら進藤君、早起きやね。おはよう」

「おはようございます」

「私もう仕事行くけど、朝食置いてあるから適当に食べてね」

「ありがとうございます」

「噂の進藤君に会えて良かったわ」

「え…?」

西条のお母さんがフフっと笑ってくる。

「ほなって悠一、家では進藤君の話しかせんのよ?同じクラスになれてよっぽど嬉しかったみたい」

「そうなんですね…」

「もし2年でクラス離れたとしても、よかったらこれからも仲良くしてやってね」

「もちろんです」

「進藤君もプロ棋士としてこれから頑張って」

「ありがとうございます」


じゃ、また来てね――と西条のお母さんは慌ただしく会社へ出発した。





顔を洗い終えて二階に戻ると、西条が「おはようさん」と欠伸をしながらベッドから降りた。


「おはよう」

「何かお袋の声したけど…」

「うん。西条と仲良くしてやってねって」

「うわ、何言よん…あのおばはん。小学生じゃあるまいし…」

「でもいいご両親だよね、すごく」

「お世辞はええから…煩いだけやし」



パジャマから服に着替えた後、西条と朝食を食べに一階に再び降りていく。

食卓に並んでいたのは和食の朝ご飯で、僕の家での母が作るようなメニューだった。

ご飯とお味噌汁を自分達でついで、一緒に「いただきます」と食べ始める。


「進藤んちの朝ご飯てどんなん?」

「母が作る時はこれと同じような感じだよ。父が作る時は完璧洋食だけど」

「へー、本因坊も料理するんやな。うちの親父じゃ考えれんわ」

「母が留守な日も多いからね」

「まぁ名人も忙しもんなぁ。そういや今週の十段戦も大盤解説名人が担当やったよな?」

「そうみたいだね」

「解説を担当出来る女流って塔矢名人以外おらんよな。いや、名人は女流とちゃうか」

「女流棋戦に出てるから一応女流なんじゃない?」


明らかに棋力は女流ではないけど、と一緒に笑ってしまった。






朝食の後は早速一局打つことにした。

終局後は検討して、更に一局打って、また検討して。

あっという間に今度はお昼ご飯の時間になったので、近くのコンビニに買い出しに行く。

西条はついでに立ち読みもしていた。


「西条もジャンプとか読むんだな」と帰りに聞いてみる。

「まぁワンピースとBORUTOと鬼滅くらいしか読んでへんけどな」

「そうなんだ」

「進藤はマンガや読まんのやろ?」

「まぁね。でも彩が夕飯食べながらいつもペチャクチャ語るから、ジャンプの有名どころのストーリーくらいは知ってるよ」

「彩ちゃんはマンガ好きなんや?」

「彩はぶっちゃけオタクだよ」

「え?そうなん?」

「有明にも池袋にもしょっちゅう行ってるし。精菜引き連れて行くのは本当止めてほしい」

「緒方さんは違うんや?」

「でも彩に話合わせなくちゃいけないから、西条より断然詳しいと思うよ」

「へー、囲碁界のプリンセス達の意外な面やな」

「……マンガで無駄に性の知識も付けてくるし……正直困るよ」

僕がボソリと呟くと、

「え?え?何それ?」

と途端に西条が目を輝かせて、興味津々に聞いてくる。

僕はこの2ヶ月半でした精菜との行為を思い出して……顔の温度がたちまち上がっていくのが分かった。

西条の部屋に帰ってきて、一緒に昼ご飯を食べながら、少しばかり彼にも話してみる。


「マジで?!素股?!」

「うん…」

「やるなぁ緒方さん」

「してくることも台詞も何だか小5とは思えなくて…」

「ええやん。むしろ羨ましいわ〜」

「でも…やっぱり無理させてるんじゃないかって、申し訳なく思う…」


小学生の女の子にそんなに性欲があるとは思えない。

僕に合わせて無理してるんだと思う。

最後まで出来ない分、精菜は僕に満足してもらおうと必死なんだ。

やっぱり高校までプラトニックな関係でいた方がお互いの為になったんじゃないかって…今更ながらに思う。


「ほな明日は何もせんかったら?たまには他のことして遊ぶとか」

「他のことって?そういえば一昨日金森さん来てたって言ってたけど、何してたんだよ?」

「んー…確か一局打って、後はずっと駄弁ってたな。奈央がアルバム見たいって言うから一緒に見たり」

「へぇ…」


なるほど。

確かにたまには何もしないのもいいかもしれない。

そうしよう。




昼食の後はまた続けて何局か打ったら、あっという間に夕方になってお暇する時間となった。


「じゃ、帰るな。また連絡するよ。春休み中にもう一回くらい打とう」

「そやね」


改めて泊めてくれたお礼を言った後、僕は西条の家を後にした――








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