●SPRING VACATION 2●
「進藤君、遠慮なく食べてね」
「ありがとうございます」
夜7時には西条の両親も仕事から戻り、一緒に夕飯をいただくことになった。
西条のお父さんは大阪に本社を構える会社で働いているらしい。
東京の支社への転勤は短くて3年、長くて8年くらいらしい。
もし3年で大阪に戻ることになったら、西条はどうするのだろう?
「そしたら俺はこっちで気ままな一人暮らしやな♪」
「関西棋院に戻らないんだ?」
「出戻りはちょっとなぁ。奈央とも離れたくないし」
「はは、奈央ちゃん可愛いもんなぁ」と西条のお父さんも同意する。
金森さんとのことは西条の両親も公認らしかった。
夕飯の後また一局打って、それから先にお風呂をいただく。
僕が入ってる間に、西条は僕用の布団を部屋に敷いてくれたみたいだった。
入れ違いで次は西条がお風呂に入り、戻ってくるまで僕は携帯を弄っていた。
精菜からメールが来ていたからだ。
『件名:西条さんちはどう?
本文:28日、何時頃来る?お父さん、11時には出発するみたい』
「……」
ちょっとだけ顔の温度が上がった。
初めて精菜の体に触れてから、もう2ヶ月半が経つ。
その間、緒方先生の留守を狙って何度も僕は彼女の部屋を訪れていた。
棋聖戦は結局第七局までもつれたし、十段戦もスタートしたばかりだ。
タイトル戦の時は留守だと分かりきってるからいい。
十段の第二局は今週29日に大阪で予定されていて、前夜祭もあるから当然緒方先生は前日に出発する。
だから精菜は28日、何時に来るのか聞いてきたわけだけど……
『昼から行くよ。13時でもいい?』
と返信すると、数秒で返信が返ってくる。
『オッケー♪』と……
「どしたん?進藤。顔赤いで?愛しの精菜ちゃんからメールでも来てたん?」
「あ、西条、も、もう出たんだ?」
僕は慌てて携帯の画面を暗くした。
「うん。寝る前にもう一局打とか。今度は1手30秒の早碁にしよ」
「いいよ」
西条が対局時計を出してきて、僕らは再び碁盤を挟み、同時に頭を下げた。
早碁だと一時間もしないうちに決着が着く。
僕の中押し勝ちだ。
「はぁ…あかんわ〜。もう今日は終わりにしよか」
と西条が溜め息を吐いて石を片付け出した。
「明日は何時に起きる?進藤って休みの日は何時起き?」
目覚まし時計を弄りながら聞いてくる。
「7時くらいかな」
「早っ」
「西条は?」
「俺は8時までは寝とうかなぁ。夜更かししたら9時まで寝とうこともあるし」
「ふーん…」
「ほな間を取って7時半な」
と西条が目覚ましをセットした。
そしてベッドのサイドボードに時計を置いた後、こっちを見てくる。
にやにやしながら……
「ほんで?今週十段戦あるけど、また緒方さんち行くんやろ?」
「……別にいいだろ?」
「緒方さんがいいならいいんちゃう?で?相変わらず我慢出来よん?」
「まぁ……ギリギリ」
「ギリギリかぁ〜そんなんでホンマに緒方さんが高校生になるまで我慢出来るん?」
「頑張るよ……後で後悔したくないから」
「そやなぁ…」
西条がゴロンとベッドに横になった。
「…金森さんはよく来るの?」
「奈央?そやなぁ……昨日も来てたな」
「え、そうなんだ?」
「あ、別に来たからって毎回そういうコトしよらんよ?昨日は日曜やし、親も一日おったしな」
「ふーん…」
「まぁキスはしまくるけど」
「はは…」
「親父が転勤になってくれてホンマよかったわ。あのまま関西棋院におったら、奈央とは出会ってないもんな」
「そう?同じ棋士だし、いつかは出会ってたんじゃないか?」
「そりゃいつかはな。でも交際するまでには至らんかったと思うし」
「そうだな…」
「進藤は緒方さんとは小さい頃からの付き合いなんやろ?」
「そうだね……初めて会ったのは精菜が生まれたばかりの病院かな」
「早っ」
「精菜も2歳で碁を始めたから、緒方先生が祖父の家に精菜を連れて来る度に一緒に打ってたよ。まぁ最初は彩も入れて3人で一緒に碁石を並べて遊んでただけだけど」
「へー」
「本当、もう一人の妹みたいな感じだったんだけどな……告白されるまでは」
「でも今はもう妹とちゃうんやろ?」
「そうだね…今は完全に彼女として見てるかな」
「エッチなこともいっぱいしようもんなぁ〜♪」
「……」
僕自身も驚いている。
もうしばらくはキス止まりが続くと思っていた。
最後まで出来ないのはまるで拷問のようだけど……それでも僕はあと4年間、触り続けるんだろうと思う。
もちろんこの28日も――
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