●SPRING VACATION 1●
「なぁ進藤。春休み、俺んち泊まりに来ん?」
「別にいいけど…」
中1から中2に上がる春休み。
僕は終業式の日に西条に泊まりで打とうと誘われた。
「いつ来る?」
「3月中だったらいつでもいいよ。まだ手合いもスタートしてないしね」
「ほな26日とかは?」
「いいよ」
こうして僕は生まれて初めて友達の家に泊まりに行くことになった。
もちろんこの一年間、西条の家には数えきれないくらい行った。
彼の家は海王からはちょっと遠く、最寄り駅は目黒だ。
当日、僕はいつものように西口を出て彼の家へ向かった。
歩くこと10分。
到着してピンポーンとチャイムを鳴らすと、すぐにドアが開いた。
「進藤、いらっしゃい。相変わらず時間通りやな」
「今日明日とよろしく」
「おう!いっぱい打とな♪」
「そうだね」
西条の家は父の実家のようなごく一般的な2階建ての家。
彼の父親が勤める会社が保有する社宅らしい。
彼の部屋は二階の南側の6畳程度の洋室。
意外に西条は綺麗好きで、部屋はいつも整理整頓されていて余計な物は一切ない。
そういえば年が明けてから僕がこの部屋に来るのは初めてだ。
つまり……彼が金森さんと交際し出してから来るのは初めて。
無意識にベッドの方を見てしまった。
初デートで体を合わせてしまったという二人。
『部屋に誘ってもたわ』とか言ってたから、恐らくシたのはこのベッドなんだろうけど……
「ほな、早速打とか」
「そうだな」
僕は西条と碁盤を挟んで座った。
ニギって、お互いすぐに頭を下げた。
「「お願いします」」
パチッ パチッ パチッ……
手数が進んだところで、西条が話しかけてくる。
「合同表彰式どうやった?めっちゃ報道陣おったんやろ?」
パチッ
「うん…目がチカチカしたよ」
パチッ
「はは。初戦は4月5日なんやって?王座戦らしいやん」
パチッ
「うん、河西三段と。西条の同期なんだって?」
パチッ
「そやね。まぁ同期言うても俺は関西棋院でプロ試験受けたし、授与式で初めて会った感じやけどな。未だに打ったこともないし」
パチッ
「そうなんだね」
「俺は次の手合い来週の月曜なんやけど、棋聖のCリーグの1回戦なんよな」
「へぇ、すごいな」
パチッ
「まぁ相手、佐野九段やし……勝てる気せんけどな」
パチッ
「佐野九段と言えば中部のトップ棋士の一人だよな。てことは対局も中部?」
パチッ
「もち」
「名古屋かぁ……どんなところ?」
西条の手がピタッと止まり、顔を上げてくる。
「え、進藤名古屋行ったことないん?」
「うん」
「マジで?」
西条に信じられないという顔をされる。
でも本当に行ったことは一度もない。
僕の家は家族旅行なんて基本しないし、僕自身も休日はほぼ碁盤の前だ。
そういえば最近は学校行事以外で東京都から出たこともないかもしれない。
「進藤…新幹線の乗り方知っとう?」
「それくらいは知ってるよ」
「ほな飛行機は?」
「……もう何年も乗ってないから、飛行機はちょっと…自信はないかもしれない」
「マジで?親は上級会員やのに?」
「上級…?」
「飛行機乗りまくってるお得意さんてこと」
「…そりゃ両親はタイトル戦だ何だって月に何回も乗ってるかもしれないけど、僕は関係ないし…」
「進藤って……意外に普通の中2なんやな」
「……悪かったな」
「いやいや、何か安心したわ。飛行機と言えば、5月の終わりに修学旅行あるなぁ。確か北海道やろ?」
「しゅ、修学旅行……」
修学旅行と聞いて、どうしても小学校の時のを思い出してしまう。
途端にゲッソリする僕を見て、西条が首を傾げてきた。
「何かあったん?進藤は関西に来たんやろ?」
「うん…京都と奈良。西条は?」
「俺は真逆で、東京らへんやったわ」
「へぇ…」
「1日目はまぁ定番どころ回ったな。国会とか皇居とかスカイツリーとか。2日目はディズニーランドで、3日目は横浜」
「へぇ…ベタだな」
「懐かしいわ〜。俺修学旅行で生まれて初めて告られたんよなぁ」
「あ、そうなんだ?」
「まぁ断ったんやけどな」
「何で?」
「んー、何でやろ。それなりに仲のいい女友達やったんやけど、男女交際として考えたらいまいちピンと来んかったんよな…」
「ふーん…じゃあ金森さんはピンと来たんだ?」
「そやなぁ。そういうことなんかな…」
西条が少し気恥ずかしそうに頬を掻いた。
「進藤ももちろん修学旅行で告られたんやろ?」
「はは…」
修学旅行はむしろ告白されまくった記憶しかない。
だから正直全然楽しくなかった。
中学の修学旅行もそんな感じになってしまったらどうしよう…と本気で不安になる。
「中2のクラス分けどうなるんやろな?同じクラスやったら修学旅行も楽しいやろうけどなぁ」
「そうだね…」
この一年間、西条と同じクラスになれて僕は本当に充実した学生生活を送れたように思う。
中2も同じクラスだったらいいのにと、心からそう思った――
NEXT
心配しなくても高3までずっと一緒だよ☆