●SOMEONE SPECIAL 1●
「…相変わらずすごい量だな」
「へへ〜、大量大量♪」
今日は2月14日・バレンタインデー。
今年も大勢の女の子達からチョコレートを貰った進藤は、碁会所に着くなりその中のいくつかを打ちながら摘み出した。
「塔矢も食べる?」
「いらない」
「つーかさぁ、オマエからはないの?」
「は?」
「期待してたんだけどな〜」
「………」
ちぇっと舌打ちした進藤は、再び他の女の子から貰ったチョコに手を付け出した。
僕は自分の鞄に視線をチラッと移す―。
あの中には…一応用意してある彼宛のチョコが入ってる。
一応、ね。
でも…僕は渡すことが出来ないんだ…――
「よ、アキラ」
「芦原さん」
碁会所も閉店間際になったところで、芦原さんがやってきた。
こんなにギリギリに来たのは、たぶんこれから市河さんとバレンタインデートだからだ。
いいなぁ…。
「お。進藤君、今年もすごい量だね〜」
「へへ。でも芦原さんだってたくさん貰ってるんでしょ?」
「いやいや、俺は本命チョコは彼女以外からは受け取らない主義だからね」
「へー…そうなんだ」
「もちろん義理は有り難く頂くけどね。アキラもありがとう」
「いえ…」
「えっ?!何それ!塔矢オマエ、芦原さんにはあげてんのに何でオレにはくれないわけ?!」
進藤がプゥっと口を膨らました。
「え?アキラ、進藤君に渡してないの?だって昨日…」
「わー!わーわーわーっ!!」
慌てて芦原さんの口を塞いだ。
“進藤の前で余計なこと言わないで下さい!!”
“まだ渡してないのか?”
“だって…”
だってだってだって……渡せれるわけがない。
進藤は…僕からのチョコは当然義理の方だと思い込んでるんだから…――
「アキラ君、もう閉めてもいいかしら」
「あ、じゃあ僕らももう帰るよ」
市河さんと芦原さんにさよならして碁会所を後にした僕と進藤は、並んで駅まで歩き始めた。
彼の右手にはチョコの詰まった紙袋。
きっと…今僕があげても、その紙袋の中に同じように詰まれるだけなんだろうな…。
そう思うとますます渡す気になれない。
今年も結局は自分で食べて終わり…かな。
はぁ…。
「…なぁ塔矢」
「え?なに…?」
「オマエ今年何人にチョコやったんだよ…」
「んー…6人かな。お父さんに緒方さんに芦原さんに笹木さんに…」
「それって手作り?」
「うん。昨日お母さんと一緒に作ったんだ。今年はトリュフにしてみたんだけど、結構上手く出来て………進藤?」
進藤が僕の右手をぎゅっと握ってきた―。
「…ひとつぐらい…余ってねぇの?」
「キミ…欲しいの?」
「欲しい…」
「そんなにたくさん貰ってるのに…?」
嫌味っぽく言ってやると――進藤の足がピタッと止まった。
「…いらねぇよ…こんなもん」
「え?し、進藤っ?!」
いきなり方向転換した進藤は、一直線にゴミ箱に向かって行き――袋ごとそれを投げ捨てた。
「進藤…」
「塔矢、チョコ買って」
「は?」
「手作りが余ってないなら、買って」
「……」
「オマエがくれるまで…帰らないから。この手も離さないからな」
握った右手を更にぎゅっと握り締めてくる―。
「そ、そんなに…僕からのチョコが欲しいのか?」
「うん」
「…義理でも?」
「うん」
「……」
「……塔矢?」
「…離…して」
「え?」
「離してくれっ!」
進藤の手を無理やり振りほどき、僕は溢れてくる涙を腕で拭った―。
「塔矢…?なんで泣いて…」
「キミなんて…大嫌い」
「え…」
「キミにチョコなんて…死んでもやるもんかっ!!」
義理でもいいだって?
僕が一体どんな気持ちで作ったと思ってるんだ!
どんな気持ちでラッピングして…どんな気持ちで今日一日持ち歩いてたと…――
「……進藤?」
「………」
進藤が今度は僕の腕を掴んできた。
「離して…」
「やだ。言ったじゃん…、くれるまで帰らない…離さないって…」
「そんなことしても無駄だ。僕は絶対にキミには…」
「じゃあオマエとずっと一緒にいるからな」
「え…」
「ずっとずっとずーっと付き纏ってやるからな!くれるまで一生!」
「い、一生?!」
「おう!」
「……」
本気…か?
普通そこまで義理チョコが欲しいものなのか…?
一体何を考えてるんだ進藤は…――
「僕…もう帰るんだけど…」
「じゃあオレもオマエん家に行く」
「…は?」
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