●SUMMER VACATION 〜SOUL〜 6●





「あ…ふ……」


翌朝――朝食を食べてると、つい欠伸が出てしまった。

それを見た進藤が笑ってくる。


「笑うな。キミのせいなんだから」

「えー?半分はオマエのせいだろ?塔矢が可愛過ぎたせいで止まらなかったんだからさー」

「……」

ちょっと、顔が熱くなった。


「今日は何時集合なんだ?」

「ロビーに9時。急がないと…」

「ふーん」

「キミは?もう帰るの?」

「うーん…やっぱ秀英達と一局打ってからにしようかな。せっかくここまで来たんだし」

「そうだね…」


いいな…僕も打ちたい。

いつかの北斗杯の後みたいに、進藤と永夏と秀英と僕の四人で、時間の許す限り打ちまくりたい。

どんなに楽しいだろう……

はぁ…何だか今日のフライトが憂鬱になってくる。

溜め息をつく僕を見て、進藤がまた笑ってきた。


「オマエも打ちたいんだろ?だからさっさとスッチーなんか辞めればいいのに〜」

「だって…」

「ま、帰ってきたらいっぱい打とうぜ。昨日も結局全然打てなかったしな」

「うん…そうだね」






食事を終えた後、すぐに制服に着替えて準備し、結局全くもって使わなかった部屋のチェックアウトをした。

進藤も同じくチェックアウトしている。


「じゃあ…行くね。二人によろしく言っておいて」

「あ、待てよ…」

「え?」


この時間、ロビーには大勢の人がいるってのに、少しも恥ずかしがらない進藤がお別れのキスをしてきた。

優しいフレンチキス。

一瞬だけ彼の唇が触れる。

でも、本当はもっともっと触れていたい……


「じゃ、向こうに着いたらまた電話くれよな」

「うん…」

「頑張れよ」

「ありがとう」


進藤に手を振って、僕は迎えのバスに乗り込んだ。

バスが出た後、進藤が早速電話をかけてるのが少し見えた。

きっと秀英だろう。

悔しいな…。

僕は一体何をしてるんだろう。

早く辞めて棋士に戻りたい。

早くキミと戦いたい……










「あら、塔矢さん?」


空港に着いて、ブリーフィング前に少し今日のフライトメンバーと雑談していると、聞き覚えのある声に呼ばれた。

振り返ると―――赤井川先輩がいた。


「おはよう」

「おはようございます。先輩もソウルにフライトだったんですね」

「ええ、さっき着いたところよ。またすぐとんぼ返りだけど。塔矢さんは?」

「私はこれからシドニーです」

「日本人のあなたがソウル⇔シドニー線?」

いつもいつも、あなたのは変なシフトねぇ…と首を傾げられる。


「日本人学校の子達が修学旅行みたいで…」

「あら大変。修学旅行生はテンション高いから頑張って〜」

「はい…」

ただでさえ久しぶりのエコノミーなのに、考えるだけでちょっとゲッソリだ。


「…あ、そういえば緒方さんとはあれから連絡取ってるんですか?」

「緒方?誰だったかしら…」

「あれ?赤井川先輩、この前のロンドンのフリータイムで一緒に過ごしてませんでした?」

「ああ、精次さんね。そういえば名字は聞かなかったわね」

「そうなんですか…」

「囲碁棋士だとか言ってたけど、塔矢さんも確かそうだったわよね?昔女流タイトルがどうとか、テレビで見た気がするわ」

「あ…はい。でもまた来期から復帰するつもりです」

「じゃあこの仕事は辞めるのね。残念だわ」


赤井川先輩が握手を求めてきた。

またどこかで会えたらいいわね、っていう別れの握手だ。


「頑張って」

「ありがとうございます。先輩は続けて下さいね」

「もちろん。定年まで頑張るわ」



この時はお互いまたすぐに再会することになるなんて思いもしなかった。

しかも彼女の方が先に辞めるなんてことも。

この穏和な赤井川先輩から、

『あの男の連絡先を教えなさい!!』

っていうキレた電話がかかってくるのは、これから約半月後のことだった――










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