●SUMMER VACATION 〜SOUL〜 4●





「明洞で焼肉食おうぜ。この前いい店秀英に教えてもらったんだ〜」



地下鉄を乗り継ぐこと10数分。

僕は進藤に連れられて明洞駅すぐ近くのそのレストランに入った。


「ここの肉さ、全部韓牛なんだって。すごいよなー」

「へえ…」


店員さんにメニューを指差して次々に注文し、細かい要望は僕が通訳した。



「こんなに注文して全部食べれるのか?僕はあんまり食べないよ?」

「平気平気。すげー腹減ってるもんオレ」


ロンドンでは他に気を取られてたせいか、そんなに食に執着しなかった彼。

今は僕を手に入れて安心したのか、それとも慣れている国だからなのか、常に口が動いてるという感じで。

昔、お腹いっぱいなくせによくラーメン食いに行こうと言っていた、食い意地はった進藤を思い出してしまった。


「ビビンバで締めようかな」


と再びメニューを開く彼を、僕はただ苦笑いして見つめていた。











「あー食った食ったー」

「美味しかったね」

「もう9時かぁ…ホテル戻る?どこか寄る?」

「戻ろうかな。明日も仕事だし」

「そうなんだよなぁ…。ちぇっ、全然ゆっくり出来ねーや」

「無理についてくるからだ」

「だって今回シドニーも行くんだろ?4日も会えないなんて耐えられねーし」

「大袈裟だな…」


レストランを出るなり、すぐに手を握られた。

離れたくないというよりは離さない……と言ったぐらいの強い力。



「…本当に来シーズンまで戻らない気かよ」

「今戻っても中途半端だからね。時期も…棋力も。キミや父にもう少し鍛え直して貰ってからにするよ」

「ギリギリまでスッチー続けるのか?オマエもともとコネで入ったんだろ?同じようにコネで簡単に辞めれるんじゃねーの?」

「そうかもしれないけど…キリのいいところまで続けるよ。気になるなら今日みたいに付いてくれば?」

「簡単に言うなよなぁ。今日だって和谷に仕事代わってもらえたからなんとか来れたんだからな」


チラッと僕のお腹を見てきた。

…そうだね。

妊娠したら直ぐにでも辞めるかもしれない。

でもね、妊娠出産は同時に棋士としての道にも大きく影響することになるって…キミは本当に分かってる?

今妊娠したら、僕は来シーズンも戻れないよ?



「ホテル戻ったら一局打とうぜ」

「いいよ」

「あ、その前に昨日の手合い並べるな。大隈八段とだったんだけどさ、オマエの感想聞きたいし」

「いいよ」

「いや、待てよ。この前思い付いた新手も試したいんだよな…そっちが先だな」

「そう」

「本当は今回の本因坊戦の検討を一番にしたいんだけどな、今夜は時間ないからまた帰国してからな」

「キミ…したいことがいっぱいあるんだね」

「オマエのせいでもう一年分たまってる!」

「自分のせいだろう?僕を振るからだ」

「辞めるなんて普通思わねーだろ?振られたくないなら、あの時オレを脅せばよかったんだよ!『好きだ。付き合ってくれ。断ったら棋士辞めてやるからな』って」

「どれだけ酷い女なんだ僕は…」

「黙って消える方がよっぽどヒドい女ですー」


脅されてたら絶対付き合ってた!と言い張る彼。

でも、そんなの…気持ちが付いてきてなかったら悲しいだけだ。

それに比べたら今はまだ幸せなのかも…?



「あーーー!もう!やっぱ変更っ!ホテル帰ったら即効抱く」

「え…」

「寝かせねーからな。明日寝不足でミスってクビになっちまえ」

「馬鹿にするな」



また進藤とこうやっていがみ合える。

それだけで幸せなの…かも?













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