●SEINA V 1●
佐為と一緒に区役所に行き、婚姻届を提出した。
今日から私は『進藤精菜』となった。
そしてつまり――今夜は初夜である。
(緊張してきた……)
荷物を片付けながら、私はどんどん胸の鼓動が早まっていくのを感じた。
15歳の時、初めて本当の意味で佐為と結ばれてから早5年。
最初は全然だったけど、彼が一人暮らしを始めてからはそれなりに体を合わせてきた。
今更恥ずかしがる必要はないと思うんだけど、それでもやっぱり意識してしまうのが女心だ。
バタバタと話が進んだからお互い忙しく、プロポーズの時以来体を合わせていないせいもあるのかもしれない。
コンコン
「精菜、荷物片付いた?」
開けっ放しになっているドアにわざわざノックして、佐為が聞いてきた。
「あ、うん。粗方は」
「残りは明日にして、そろそろお風呂入ったら?」
「あ……うん」
「一緒に入る?」
「え?!あ、で、でも、今日は、一人で入ろうかな……なんて」
何だか挙動不審気味な私を見て、彼にクスッと笑われる。
「残念。じゃ、また今度な」
「う、うん……」
「もう沸いてるから先に入っちゃって」
「うん……ありがとう」
荷物の整理を中断して、私は着替えの準備をすることにした。
佐為が高校卒業と同時に一人暮らしを始めたこのマンションは3LDKだ。
二人で住むにも不便はないので、とりあえず新居が決まるまで引き続き一緒にここで暮らすことになった。
でも、私は別にずっとここでも構わない。
週に一回は必ず訪れて彼の為に料理を作っていたキッチンは、既に私仕様の配置になってるし。
食器だって一緒に選んだものが多く、何一つ買い足さなくても既に二人暮らしが出来る数が揃っている。
リビングのテレビにしてもソファーにしても、カーテン一つにしても全部彼は私の意見を聞いてくれて、一緒に買いに行った。
もちろんこのバスタオルもだ――
脱衣場の棚に積まれているその大きくてフワフワなタオルを一つ取って、私はそれをぎゅっと抱き締めた。
何もかも一緒に選んだから、この部屋にある全てに私は愛着がある。
今日引っ越して来たのに、既に自分の実家と同じくらい寛げる。
佐為はそれを見越してたのだろうか。
だから一人暮らしなのに、こんなに広い部屋を借りたのだろうか。
いつでも二人で住めるように――
「佐為、お風呂空いたよ〜」
彼の自室を覗くと、彼は碁盤の前で棋譜並べをしていた。
「なに並べてたの?」
「この前の緒方先生……じゃなくて、お義父さんとの棋聖リーグの一局だよ」
「無理してお義父さんって呼ばなくてもいいんじゃない?」
クスリと思わず笑ってしまった。
「いや…、プライベートではこれからそう呼ぶよ。棋院では流石に先生だろうけど」
「ふぅん…」
佐為に「お義父さん」と呼ばれて、お父さんはどう感じるのだろうか。
そのシーンを想像したらちょっと可笑しい。
お父さん、慣れるまでイラっとしてそうだ。
そういう私もおじさんとおばさんのことを今後は「お義父さん」「お義母さん」と呼ばなくてはならない。
次会えるのはいつだろう。
緊張するけど、楽しみだ。
「あ、精菜。6月の二週目なら皆時間取れそうだけど、そこでいい?」
「本当にいいの?」
「もちろん。一生に一度のことだし」
途端に私の顔が緩む。
結婚式と新婚旅行の話になった時、私はダメもとで佐為に打ち明けてみたのだ。
「ハワイでしたいな……」と。
憧れだったのだ、海外の綺麗な海の前で大好きな人と一生の愛を誓う。
でもって二人でのんびりと数日を過ごすのだ。
もちろん引退した私と違って、佐為もお互いの両親も昔からスケジュールはめちゃくちゃ忙しい。
皆がまとめて休みが取れるとは思わなかったから、半場諦めていた。
「今まで散々広告塔として協力してきたんだから、たまにはこっちの要求も呑んでもらわないとね」
少しだけ佐為の顔がブラックになる。
昼間棋院に行っていた彼。
取材って言ってたけど、手合課にも寄ってスケジュールを調整してきたらしい。
きっと、強引に、めちゃくちゃ圧力もかけて、休みを無理やり作って来たんだろうと推測する。
私はそんな優しくて頼もしい旦那さまの頬に感謝のキスをした――
「ありがとう…佐為」
「……」
「……佐為?」
唇を離すと、何故か固まってる彼がいた。
「どうしたの?」
「精菜……僕もお風呂入って来る」
「え?うん…」
少し頬を赤めた彼が、慌てて部屋を出ていった。
私も今日が初夜だということをまた思い出して、顔が赤くなる。
お互いやっぱり少し意識してしまうのだ。
私は緊張気味に彼の……ううん、これからは私達の寝室に向かったのだった――
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佐為と精菜の初夜話スタートです!